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2007年6月の投稿

2007年6月30日 (土)

「教え込み授業の模索」(4)

 授業中の私語を叱った生徒に「世界史なんて勉強して何になるねん!?」と切り替えされたとき、言葉につまりました。確かに生徒にとっては根元的な問いですね。でも、無味乾燥な世界史教科書の中にも、何か生徒たちの心の琴線にふれるような題材はあると思います。その心の琴線というのは「自分はどうやって生きていけばいいんだろう」という問いではないかと最近思います。無意識のうちに生徒たちはそういう問いを自らに発しているのではないか。イエスの教材がそうした問いに応えるものだったか言えばそこまでは至ってはいないでしょう。でも、そうした課題に応えるよう、教科書の何を削って、何にこだわるか、それを教師のスキルの問題としてどう教えるか。いろいろ試行錯誤してみたいなと思っています。やっぱり、知識を教えないことには、自分で考えることはできないでしょうから。(終)

「教え込み授業の模索」(3)

もっとも生徒とのやりとりができた1-2の授業を紹介します。テーマは「キリスト教の誕生」です。生徒の人数は朝1限だったので15人程度(少なあーー)。私語はやみません。そんな中で私は「キリスト教と聞いて思いつくことってあげてごらん!」というと、ふだん全く話を聞かない女子のIさんが、「あたし、キリスト教の学校行っててん!」と突然の応答。そこから、話がその学校の様子に話がひろがり、だんだん周りの生徒も興味をもつようになってきました。「キリスト教といえば、十字架。イエス。踏み絵・・・」けっこうでてきます。「この機を逃してなるものか」と、「はい、そこでキリスト教ってどうやって生まれたか・・・。黒板に書くことプリントに書いて・・・。」と教科書の知識の教え込み。この間も私語はやみません。また、授業に入るつもりのない生徒は全く興味をしましません。でも、そんな子にも「おい、Hさん。ここまで黒板書いてるでえ。あんたも書いてやあ。」と促します。それでもなかなかやってはくれませんが。

 次に一番ねらっていた授業のヤマ。エピソード1にすすみます。イエスが村人に「姦淫した女を石で打て!」と迫られる場面。イエスと村人のやりとりを私が読んで、イエスの言葉「あなたがたの中で(  )のない者だけが、この女を打ちなさい。」の(  )にふさわしい漢字1字を入れる・・・。とにかく思いついたことをすぐ口にするO君が「えっとな、それはな・・。」ととんちんかんな答え(ちょっと忘れた)をしてくれましたが、数名の生徒が答えようと思ってくれました。結局、私が答えましたが、そこからイエスの神の愛と隣人愛につなげることはできました。ちなみに、4限目の1-5では、ふだんはしゃべり倒しているDさんが、見事正解を答えてくれました。彼女が授業に集中できたのは、その前後10分と、最後の10分だけでしたが・・・。

「教え込み授業の模索」(2)

異動した当初、先輩の先生方から「いろいろやろうと思っても大変です。やれることをやったほうがいいですよ。」などとアドバイスされました。そもそも教師の話を聞く気などはなからない生徒が多いですから、そういう意味では、絶え間ない私語の中で「世界史の知識」を教えることに言いようのない虚しさを感じることも事実です。そんな中で、多くの先生は「生徒に考えさせる授業」ではなく、作業学習を中心にした授業をされているようです。

そんな中ではありますが、私は今はまだ「教えること」「生徒に考えさせること」「応答のある授業」にこだわっています。生徒からは「おもしろくない!」と言われることもしょっちゅうですが、つぼに嵌るとそれなりの授業になることも何回かありました。もちろん、私語はやみませんが・・・。そうした授業の1つを紹介します。

教え込み授業の模索(1)

こんにちは、N夫といいます。たぬきさんの「グループディスカッションの模索」おもしろく読ませてもらっています。たぶん、たぬきさんの学校と私の学校の生徒状況は似ていると思いますが、私の学校はいわゆる「困難校」です。授業は私の力量不足なのでしょうが、全く成立していません。そもそも何をもって成立というのかは難しいのですが、たとえば、「教師の話を静かに聞く」「発問について考える。」「答えを述べる」「ノートに書く」「自ら与えられた課題について考える。」「自分で課題を見つけ出し調べる。」などさまざまな授業の段階があると思いますが、まず大前提となる、「教師の話を聞く。」というところからして全くできていません。私語はやりたい放題、立ち歩きは茶飯事・・・。教師の注意も「わかった、ちょっと待って・・。」で軽くいなす・・・。という状況です。今年の1年生が特に顕著で、中学時代のやりたい放題の習慣をそのまま高校に持ち込んでいるという状況です。

グループディスカッションの模索

 法教育勉強会で、先日の司法書士を招いた授業の報告をさせてもらった。予定していた会場がハプニングで使えず、急遽、当日、来てくれた司法書士さんの事務所にお邪魔しての勉強会。周りはズラ~と法律関係の本に囲まれて、教師ばかりの研究会とは違った雰囲気が楽しめた。

 異なる職業人がコラボして新しい何かを生み出すという取り組みは珍しくないかもしれないが、どちらかが主でどちらかはゲスト的な場合も多いのではないだろうか。その点、この集まりは両者、同じぐらいの人数でバランスがとれている。議論もお互いを尊敬しつつ、でもフランクに…という感じでとても刺激的だった。
 今回の実践は、生徒のグループディスカッションに司法書士さんも入り込んでやりとりしてもらう、というもの。でも、授業でグループディスカッションを行うのは、正直、なかなか勇気が要る。
 司法書士さんを招くにあたって、事前準備として、クレジットの知識と金利計算の簡単なスキルを教えておこうとグループ学習をもくろんだが、予想以上にうまくいかなかった。寝る者、電卓で遊ぶ者、途中で「今日の授業、うざい!」というつぶやきまで出る始末…
 グループに分かれた最初から「拒否」の姿勢に入る生徒もいる。つっぷしたり、本を読み出したり。あるクラスでは気の強い女の子が、正面に座った男子生徒がいきなり突っ伏したので、きれた。「おまえ、やれよ!なんやねん!」 きつい口調に、けんかっ早い別の男子生徒が、「あ~あ、集団生活、わかってないヤツいるやろ~」と反応して、緊張が流れる。
 「まあまあ、オレの授業(ワークショップ型)、今年はちがうやろ。このやり方は、むりやり押しつけてもあかんねん。自分の感じ方や考え方をだいじにしたいからな。だからのられへん子は、参加しなくてもいいで。」と、とりあえず取りなしたが内心ひやひや。 
そんななかでのゲストである。どうなることかと思っていたのがホンネ。でも教壇の上からではなく、司法書士さんがグループのそばにまで行ってくれたのがよかった。 
  司法書士さんの感想。「グループの中に行くと、いい『つぶやき』を出せてるんだけど、自信がないのかな。なかなか声にならない。そこを励ましてあげれば出せるんですよねえ。」 
  それを聞いた他校の先生が「つぶやきを出せる授業ってスゴイじゃないですか!」と指摘してくれた。
生徒たちは身近なところまで来てくれる大人には、どんどん質問・疑問を口にする。思いつきが多いから、話はあっちこっちに行って大変になる。実は、途中で、司法書士さんも返答に困ってしまった場面があった。そんな一コマをしっかりみている生徒がいる。
 生徒の感想「法律の人でも知らないことがあって困っていた。『いつもいっしょに考えるんです』と言っていた。いつも頭をひねり相談者のために考えてくれているなら、私も将来いこかなと思った」 これって、なかなか鋭い…。(つづく)

2007年6月26日 (火)

厚労省 派遣天引き「違法」 グッドウィル37億円返還へ

 グッドウィル・グループの子会社で日雇い派遣大手のグッドウィル(東京都港区)が給料から不透明な天引きをしていた問題で、厚生労働省は21日、天引きは賃金不払いで労働基準法違反に当たるとみて調査…一方、グッドウィルは同日、過去2年間の天引き分を返還すると発表した。対象は80万人で総額37億人に上るという。(朝日新聞6.22朝刊)
 ちょうど、現代社会で労働基準法の授業をやっていたから、この記事、即、使いました。
たまたま生徒がもらってきた「アルバイト登録説明書」(本人は「派遣会社に登録した」つもりになっているが、よく読むと請負会社のもの)にも、同じ「違法天引き」や集合時間にかかわる「賃金未払い」の記載があって、ほんまにタイムリー。しかもこの「説明書」、他にも「違法疑惑」になりそうな記載があって、労働基準法の応用問題としては「上出来」のものです。
 朝日の記事の背景には、全国の派遣労働者が一斉申告した動きがある。記事のこの部分を「なんでや?」と質問したら、Kくん「労働組合がつながってるってことか」と、鋭い洞察をしてくれた。若者の労働現場に、<自由競争、自己責任>に収まりきらない志向が生まれている。(たぬき)

2007年6月24日 (日)

福井行商記

梅雨の晴れ間の気持ちいい1日。福井までロングドライブ、行ってきました。070623_142101_1

詫磨さん、「生徒が年々しんどくなる」という福井の先生の声に応えて、「40年前から、『最近、生徒がしんどくなった』という声はあった」と、1970年代からの生徒の「しんどさ」の状況を整理。どんな状況からでも文化祭が作っていけることを、自身の体験を交えて話してました。
 詫磨さんの熱弁のおかげか、高校生活指導172号・173号あわせて19冊も売れました。おしかけ本屋も行った甲斐があったというもの。

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  教研のあとは、人間ナビゲーターN氏の案内で、今立・和紙の里へ。見事な和紙ちぎり絵のステンドグラスに感嘆。そのあと、敦賀でおいしいサカナで大満足の1日でした。  (たぬき)

2007年6月22日 (金)

明日は福井へ・・・・

 福井高教組青年部教研で、詫磨さんが「文化祭みて歩き2006」を披露。福井とは、2005年の「<つながりなおす>みんなが生きられる学校へ」で呼んでいただいて以来、ご縁があります。(この時はシュッチと芦原温泉に行きました!)今年3月の近ブロも、竹内先生をお招きして福井で開催でした。
 今回は、犬とキジのお伴ならぬ、タヌキとトトロが(おしかけ?)お伴で同行。福井で、大阪高生研やおまかせHRの本を行商してきます。
 そう、目的は行商で、決して今庄のそばや敦賀のサカナではありません。あしからず。では行ってきます。晴れるといいな。(タヌキ)

2007年6月20日 (水)

「教室のピンチをチャンスに…」書評

 1月の大阪高生研総会に講演に来てもらった、子安 潤さん(愛知教育大学)のブログをみていたら、「教室のピンチをチャンスに変える実践のヒント100連発」(学事出版)の書評を載せてくれていた。
 「今回、縦書きと横書きがあるので、どっちが表紙なのかと一瞬迷ってしまった。しかし、縦書きが表紙ということを確認して読み始めると、まずはいきなり高校の担任を任されたら、担任をしていて「イヤなことを言う大人はみんな嫌い」という女子高生たちを抱えたらどうするという問いが出される。これに数人が応答してアイデアを出すという書き方で一貫している。ちょっとだけそのアイデアを示すと、学級通信に何のためにこの学校に入学してきたのかを説いたり(実際にその語り方が示されている)、個別にクラス面談をするというアイデア(当然、その時に何をどんな風に語るのかが示されている)などが簡潔に記述されている。…後略…」
 実際の語り方が示されていることや何をどんなふうに語るのかが示されているところに注目してくれたのは、さすが子安先生。世界の何をどんなふうに示すかは、語りの技術の問題にとどまらず、実践者の等身大の思想をさらけ出してみせる。そこと向き合って話し合ってつながれることを、職場のチームワークの根底におきたい。(たぬき)
 
子安ブログは、刺激がいっぱいなので、みなさんもぜひ訪れて。
http://koyasu.jugem.jp/

2007年6月19日 (火)

早蕨6月号の感想②

 高生研重鎮のAさんから、長文のメールをいただきました。全文は早蕨次号に掲載予定ですが、一部、先行して掲載します。

  「さわらび」2007年6月号の学習会報告を読み,いろいろと勉強している様子が伺えおもしろかったので,ちょっと書いてみました。本格的に論ずるつもりはありませんが、なんか高生研らしいなと久しぶりにうれしくなりました。ぼくは「クリエイツかもがわ」の文書を入手もしていなし,読んでもいませんので,みなさんの議論を読みながらどんな内容かを推測しているに過ぎないことをまずご了承ください.…中略…
 社会制作と発達課題という置き方はこれからも注目していい提起だと感じました。さらに,ここでは発達という原理的問題にもう少し深いりしての議論を知りたいと思いました。なぜならば,これまで発達を心理学的側面から見てきたようなので,その結果カウンセリング論にもっていかれてしまいました。これにたいして社会学的側面から発達論を組み立てなおす必要があると考えている(それほど勉強しているわけではありませんが)私にすれば貴兄たちのとりくみは,もっと注目されていいと思うのです。
 高校段階というのは発達論的には,これまであまり取り上げられてこなかったように思います。試みはあったのです.すでに死書となっている(?)学年別『高校ホームルーム集団づくり1年,2年』(明治図書刊)がそれでしたが,この問題が近年あらためて取り上げられだしたのは,少年期が青年期に食い込み青年期が消滅している状況があるのではないかと推測しています。青年期といえば,いまでもルソーでは言葉もありません。考えてみれば,高校生にとって青年期とは何であるかをもっと考えても!という気もします。
 今日の青年(若者)には、人格のシンは存在しない(都内のある大学の研究グループのフィールドワーク調査結果),悩みのない若者,悩みを持たない青年,悩みを持ちたくてももてない若者・青年が登場しているというのです。少年事件が発生している関西・大阪でこの辺のことを,みなさんはどうとらえているのでしょうか.あるいはどのように論じているのでしょうか.知りたくなりました…後略…

 こんなふうに、早蕨が議論の出発点になれるのって、幸せです!

2007年6月18日 (月)

さわらび6月号の感想

 早蕨6月号の感想①
 早蕨編集長のいぬまです。早蕨6月号、そろそろお手元に届いた頃でしょうか。
編集長としては、読者の反応が気になるところ。そこで、山のスズメさんに感想をお願いしました。

 最近、読者になりました。保育園の仕事をしています。
 さわらびが到着して一番に読むのが『まめこのつぶやき』(高生研のみなさんごめんなさい。)まめこさんのドキドキと健人くんの様子が手に取るように伝わってきて、思わず力が入ったりはらはらしたりしています。

 「ぴらっと1枚実践交流会」というのいいですね。『実践報告』とかいうと何か力が入ったり、重く感じるのですが『ぴらっと1枚』と言われると何か書けそうな気がします。保育の仕事をしているので、経験の浅い職員ともこの方法がいいかも・・・と盗もうかと思っています。(『教室のピンチをチャンスに変える 実践の100連発』というのもいいですね。今の大変さを明るくしなやかにしたたかに真向かっていく勢いを感じます。)

 今回の『ある日の授業』の実践を重く受け止めて読みました。これがけっこう現実の高校生なんかなぁ~と。そんな中で高生研の方々はがんばっているんだよね。保育園時代はどの子も「大きくなりたい」「○○ができるようになりたい」と毎日を生きています。どの時期から子どもの意識は変わっていくのかな?『大きくなること・大人になるって楽しみ』と思える社会であって欲しい、と素直に思ってしまいます。学校の中だけで、先生だけで頑張らずにもっと地域の大人や親も一緒に高校生に向かってがんばれるといいな。前にあった弁護士さんに来て頂いての授業や文化祭での大工のお父さんの話など、実際はとっても難しいだろうけど、どの子も『大人になるのもいいな』と思える高校時代をおくれるよう期待しています。(山のスズメ)

2007年6月16日 (土)

高校生活指導173号雑感②

(つづき)
うちの学校で、クラス替えと同時に欠席が続き、結局退学した女子生徒がいた。「新しいクラスには友だちがいない」が理由である。高校中退の多くは、「成績不信」や「怠学」という表面的な理由の裏に、「人間関係がうまくつくれない」があるのではないか。土井の指摘のように、「いじめ」が人間関係を意図的な希薄な状態におく、ある意味、高度な「テクニック」だとすると、そのようなテクニックを持てない生徒は、ナマの人間関係に疲れ切ってしまうのかもしれない。こういうふうに考えていくと、日頃の「いじめ」や「いじり」の問題に、教師の単に断罪するような指導が入らないのが納得できる。
 特集の田中実践や石関実践はそこに切り込もうとしたもの。指導のチャンスを逃さない、二人のするどい人権感覚に、「すごい!」と感嘆してしまう。でも、あとから「待てよ。その言葉かけでほんとによかったの??」と、いろいろ疑問がわいてきて、だんだん難しくなってくる。それは、日々の実践の中で僕たちが毎日感じている躊躇や戸惑い、後悔と重なるからだろう。

 雑誌「高校生活指導」の難しさは、掲載論文のリクツの難しさからだけ来ているのではないと思う。日々の実践の指導の難しさ・惑いを、日常の些事の中からすくいあげて提示してくれる(それはスゴイ教師の力量だと思う)から、はっと気づかされ、いっしょに悩んでしまうのだ。読んだあとに、「なるほど!見えたぞ」なんて言えないで、よけいにもやもや悩んでしまう雑誌。イマドキ、お金払ってまでそんなことを求める人って少ないよねえ。

(たぬき)

2007年6月15日 (金)

高校生活指導173号雑感①

 高校生活指導173号が届いた。売れ行き長期低落で以前から発行が厳しい、厳しいと言われているが、まあ何とかもっている。確かに難解なものが多く、イマドキそんなに売れるとは思わないが、第1特集の「どこか違う、いじめ論議」は考えさせられた。
 土井隆義は、親密圏の<優しい関係>が孕む重たい対立を緩やかな軽いものにすることでカタルシスを得るためにいじめが行われるという。僕の学校でも、誰かをいじって笑う、笑われる、が毎日のように繰り返されている。これって、どう指導を入れればいいのか、なかなかきっかけがつかめない。
 長野仁志 の「卒業アンケートは何を物語るか」は、大阪高生研のMLでも報告されたもの。その時は、正直言って「そんな目くじらたてんでも。うちの子どもも学校でやってるで」ぐらいの認識だった。でも土井の論と併せて読むと「ちょっと待てよ。これって深い問題やで」とあらためて考えさせられる。
 報告の中で、将来みんなでこれを見て、「自分がどう思われていたか」を語るのが楽しみなんだ、という女子生徒の反論があった。そんな、何でもランキンみたいな程度の評価が気になるのかね。でも、浅いからこれくらいの傷を人につけるのはかまわないだろう、という感覚もあるのだろう。
 ところで、このような「何でもランキン」のようなアンケートは、うちの学校では聞かないんだけど、これって、ある程度以上の進学校に特有なもの?(たぬき)

2007年6月11日 (月)

学校選択制の先にあるもの

「文化祭みてある記」の感想文の続き。採用試験突破をめざしている講師の先生。
●今年の体育祭が一昨日終わりました。団対抗の応援マスゲームが盛り上がり、体育祭終了後も3年生は衣装に着替えて、写真撮影したり話したりと、充実した時間を過ごしていました。やっぱり昨年からのつながりが大きいように思いました。「去年の3年生はあんなんやったから…」という意気込みがあるようです。…私も早く採用されて、今日学んだことを活かしていきたいです。

「広がる公立小中の選択制」

6月10日付朝日新聞にそんな記事が載った。
「学校選択制を導入する自治体が増加の一途をたどっている。学力の底上げができるという効果の一方、人気校と不人気校が固定化する副作用もある。公立の小中学校に選択制はどこまで必要なのだろう」と、疑問を呈しているが、中味を読めば、害悪だけが広がっているのがわかる。「地域の特色ある学校」とか「福祉ボランティアに力を入れる学校」とか、色々やっても結局は「学力」上位校に人気が集まり、「学芸会をなくした」り、「夏休みを1週間削った」りと、小学校から勉強漬けになるだけ。地方では、遠い人気校に子どもを運ぶために、6年間、隣町まで送り迎えする村も出てきている。子どもが地域から引き離されていく。

 そんな子どもたちが、数年後には確実に高校に入ってくる。学芸会も運動会もお手盛りで済ましたり、そもそも経験したこともない子ども、地域の祭りも知らない子どもが、自分たちで充実した時間を作れるだろうか。いや、それよりもっとコワイのは、公立小中の子ども世界の主流が「遊ぶ」ことなしに勉強だけにされてきた子どもになったら、子どもはどうやって親や教師から自立していけるのだろうか。    (たぬき)

2007年6月10日 (日)

文化祭見てある記2006 おもしろかった!! 

早蕨6月号、実践記録が7つも載って32㌻立て200部、無事完成。6月10日発送します。当初は人手不足が心配されましたが、山崎さんが応援に来てくれて、結果的には7人。作業はさくさく進み、お昼は洋食屋トトロでゆっくりとランチできました。

 午後からは、詫磨さんの「文化祭見て歩き2006」発表。足かけ11年、まわった文化祭は175校を越えたそうです。アナログ派の詫磨さんですが年々、技術が上がり、映像がとてもきれいに仕上がっています。もちろん中味も、「すごいけど、うちではムリ」という気持ちにさせないよう、いろんな仕掛けがされています。
 そのあとは、「文化祭!生徒をやる気にさせるアイデア100連発」。アイデアをみんなで出しつつ、つまってきたら“分類・何が足りない?気づきタイム”をいれて、アイデア100超しました。でもよかったのはアイデアが出せただけじゃなかったこと。
 担任が熱込めて話すだけではスベる。イメージづくり、生徒同士の仲間作り、リーダーを育てる視点、そして一人で何でもがんばろうとせずに、学年や生徒会の力を借りていくなど、いろいろな角度から自分の指導をふりかえるいい機会になりました。
 ベテラン教師の恥を忍んで“文化祭失敗談”、締めくくりの初担任、Aさんの不安と期待いっぱいの発言もじ~んときました。(たぬき)

 参加者の感想から…
●とても面白かったです。僕はまだ1年目で担任はしていないのですが、早く担任になって、子どもたちといっしょにこんな楽しい文化祭をできたらいいなあと思い、一気にモチベーションあがりました。…いま、授業はプリント学習。毎回、プリント回収してはんこを押すのですが、その横に必ずひとことコメントを書いています。生徒はプリントを受け取るたびにそれを読んでくれています。「遅刻しないようにしよう」と書いて渡した子が、次の授業はちゃんと来てくれたり、少しずつではあるけれど、子どもたちとの距離を縮めている最中です。

2007年6月 9日 (土)

高校生法律講座の取り組み

 法教育勉強会でごいっしょしている司法書士さん3人に来てもらい、3日間かけて3年生全クラス(7クラス)で高校生法律講座「司法書士に聞く~サラ金・多重債務の話~」を行った。 授業展開は、司法書士おまかせの講座ではなく、生徒のグループディスカッションの展開の中で、3人の方々の専門性に基づくアドバイスをいただくというもの。
 生徒との応答を自在に楽しんでくれたNさん。
 まっすぐに熱さを伝えてくれたTさん。
 現実社会の人と人のかかわりの中で法は運用されることの深さ・おもしろさを見せてくれたKさん。
同じ授業内容であってもそれぞれの持ち味が発揮されて、個性的な授業展開ができた。

 K司法書士がご自身のブログに、授業の詳細を載せてくれています。よかったらご覧下さい。 
 http://blog.goo.ne.jp/k-mie_2006

 ところで、いくつか自分の気づいたことをメモふうに表すと、

1.知識は、具体的な人間関係の中で使われてこそ生きる力になる、ということ。今年の授業の目標においた「他人にわかってもらうこと(プレゼンテーション力)」、「他人をわかってあげること(コミュニケーション力)」の訓練の中で知識を生きたものとして身につけていくことが授業のポイントだと確認できた。啓蒙・予防教育を乗り越える法教育の手がかりになりそうだ。

2.「わかる」ということは、「どこまでがわかって、どこからわからないことがあるか、わかる」ということなのだ、ということ。これまでの学校(僕)の授業は、いわば「100点主義」。すべての問題には正解があるものとして、正解にどれだけ近づいたかを評価の基準にしてきたのではなかったか、とふり返ってみる。でも世の中生きていく上で本当に大切なのは、むしろ自分がわからないことが何であるかを確定できる力の方ではないだろうか。
そうすると、知は単に正解にたどり着いたら終わりではなくて、知ることがすなわち次の問いを生み出すものとなり、学びの課題が見えてくる。
あれ? これってもしかしたらソクラテスの「無知の知」?(たぬき)

2007年6月 5日 (火)

6月9日(土)は、「文化祭見て歩き06年版」お披露目だ!

 昨年も、ビデオ片手に大阪の文化祭をまわったT磨さん。いよいよ完成、お披露目が、府高教連続教研で行われる。(今年は大阪高生研関係者も誰も見ていません!)
 場所は、上本町のたかつガーデン(教育会館)で、2時から5時。当日は、ワークショップ「文化祭、生徒をやる気にさせるアイデア100連発」あり、若手教師の文化祭経験発表あり(ただいま交渉中)、と盛りだくさんです。
 「大阪の文化祭の質を変えた」とまでいわれる、T磨さんの文化祭ビデオ(DVD)、これを見逃さない手はない。

 当日、大阪高生研は、10時から府高教書記局会議室(教育会館7F)を借りて、早蕨6月号の発送作業やります。6月号の内容は、すでにHP上で予告していますが、今回も、小実践記録7本に、船越勝さん(和歌山大学)を招いた子ども集団づくり学習会の報告が入って、30pを超える濃い~中味になりそうです。でも悩みの種は200部近い早蕨の製本・発送作業。人手が要ります。
 「手伝ってもいいよ」と言ってくださる方、ぜひメール下さい。(編集長いぬま)

2007年6月 3日 (日)

入梅の候・・・

 みなさん、お元気でしょうか。2007年も6月に突入しました。4月はじまりの学校は、1学期の折り返しというところでしょう。6月の高校は体育祭・体育大会の季節ですね。生徒も教師も準備に大わらわ・・というところも多いと思います。

 さて、高生研熊本大会まであと2ヶ月となりました。水前寺会館の宿泊は、定員76名に対して34名となっています。お早めのお申し込みをお願いします。6月中旬にお届けする『早蕨』に申し込みパンフレットを同封致します。夏の研修にぜひ熊本へご一緒ください。熊本大会の詳細は、ブログ左の熊本大会応援HPからご覧いただけます。

 お問い合わせは大阪高生研事務局shutti21@yahoo.co.jpまでお気軽にどうぞ。

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