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2007年9月の投稿

2007年9月29日 (土)

早蕨10月号予告

 あちこちの学校で文化祭たけなわのシーズンです。早蕨係も大忙しの時期ですので、10月号の完成は少し遅くなります。少しお待ち下さい。

●特集テーマ:みんなでやってみよう!憲法の教育~社会科だけやおまへんで~

 20XX年、「国民投票法」(改憲手続き法)に則って、「憲法改正」が提案された!“事なかれ”“横並び”“目立ちたがり”うごめく地方教育界は、「自粛」を競い、「先生方、日本国憲法のすばらしさを語ることは結構ですが、いろいろ厄介なことにもなりかねませんので、憲法学習は、“投票後”ということでよろしく」なんてことに…。さて、どうする?
 1年持たずに空中分解した暴走内閣でしたが、おかげで、教育の仕事と憲法のつながりを改めて考えさせてくれました。憲法の教育は、社会科教師の専売特許ではありません。さあ今から、みんなで知恵を集めてやってみませんか?憲法の教育。

   若者たちの憲法座談会をふりかえって 明石希美・山崎さくら

   "Give me back myself"~英語教師のささやかな試み~ 山崎さくら
      フランスの若者と憲法  鳥羽陽子 
   社会科だけやおまへんで~理科教師の憲法教育~西村康悦
      生徒指導を憲法のほうへ   井沼淳一郎
   まもなく出版!「学校で自信を持って語ろう憲法」CM 佐藤 功

   国民投票法のもとで、憲法をどう教えるか 子安 潤(愛知教育大学)

   
●連載
 ・ホッとひと息 第4回   
 ・まめこのつぶやき 第9回 
●08年大阪高生研総会案内        
●凡凡雑記帳         

       *早蕨(隔月刊・偶数月発行)10月号は、10月21日発送予定です。

2007年9月16日 (日)

おまかせHR研究会“秋の行商”スタート

 「1人分の旅費と講演料で、日本全国どこへでも…」をキャッチフレーズに、講演・ワークショップにかこつけて、抱き合わせ商法まがい?に本を売りつけるおまかせHR研究会の“行商”。秋のスタートは、和歌山高教組第1支部教研からのお呼び。井沼、中村の和歌山出身コンビが赴いた。
 12時過ぎに、いつもの場所で中村を拾ったあと、まずは岸和田で最近注目の“きんぼしラーメン”へ。だんじり祭り試験曳きの気合いの入った兄ちゃんたちの間で、これまた気合いの入ったラーメンを食す。(ご飯好きなだけ食べてタダ!+100円で唐揚げ3つにポテサラのサービス)。店の隣は、“だんじりの湯”という温泉まであるが、ここでゆっくりしていては試験曳きの渋滞に巻き込まれる恐れがある。

 車は一路、犬鳴峠へ。ここの峠に、ぽつんと1軒、立ち寄り湯の“神通温泉”がある。名前は知っていたが、まだおまかせHR研究会のメンバー誰も入ったことはない。これを見過ごすわけにはいかない、と、840円の少々高い入湯料を払って湯船へ。露天風呂も何もないただの大浴場(窓から渓流が見える)だけだが、お湯はトロリとして好い。毎分240リットル湧出の源泉(鉱泉)は、加温だけの掛け流しがうれしい。

 おっと、教研は??もちろん心配無用。開会の3時には会場の美嶋温泉に到着。今回のテーマ「教職員評価に負けない学校づくり」にそって、中村講演と井沼ワークショップでたっぷり100分、がんばってきました。

 以下、和歌山の堀川修さんから。 

井沼、中村両氏、和歌山行商ありがとうございました。「一昨年、呼んだのに、今年また呼ぶというのもなぁ」という私の反対?にもかかわらず、現・書記長の強い希望で再度の登場となりました。 支部教研は2日間でのべ54人、宿泊35+2人でした。書記さんによると、「あのマンガの入った本(学事)はないのか」という質問が数件合ったそうです。「元気のモト」は2日で14冊売れたそうです。

よかった。よかった。

井沼・中村

2007年9月10日 (月)

いま、なぜ遠足にこだわるのか 3

 遠足の日の朝。生徒たちの顔がいつもよりうんと輝いているのを見るのはいいものだ。いつも遅刻ばかりしている○○が… ふだん何をやるのもダルそうな△△が… やってくる。「ちょっと遅れるかもわからんけど待って」と□□が律儀にケータイにかけてくる(こいつが遅刻連絡することなど全くないのに…)教師からすれば「たかが遠足」かもしれないけれど、生徒たちは意外なほど「遠足」をたのしみにしているものだ。

 「遠足」という言葉の響きには、何かしらワクワクするところがあります。バーベキュー型遠足は、クラスの親睦を深めるのに手っ取り早い「共食の文化」とでもいえましょうか。生徒の側からすると、新しいクラスに居場所を見つけたい、新しい人間関係をつくって安心したい、それこそ「遠足の目的」だ。

 

 これまでも、HR活動を重視する教師たちは、遠足の班活動や係活動を通してリーダーを育てたり、民主的な活動スタイルの経験を積ませるなど、単に生徒の要求に引きずられた親睦活動だけで終わらない、遠足の教育的意義を追及してきた。

 1年間のHRづくりを見通したとき「春の遠足」でまず親睦を図り、次に「球技大会」そして「体育祭」で関係性の変化・深まりを求め、その上での「文化祭」(2年なら集大成として「修学旅行」も)… と行事には一定のリズムが必要だ。「文化祭の成否は春の遠足の成功にかかっている」と豪語する人もいるが、ケッコー的を射ている言葉だろう。

 「学力低下」が叫ばれて久しいが「授業時数確保」「行事の精選」の大合唱の下、生徒の自主的活動や日々のHR活動等の時間がどんどん追いやられている。「学力低下がたいへんだあー」の陰で「自治力低下」が心配される(教師の自治指導力の低下も)。今こそ、文化祭や体育祭に比べて軽視されがちな、遠足の教育的意義について、あらためて考えたい。

 繁忙の中でも、手抜き・ガス抜き行事化するすることなく、遠足に取り組み、そこで、明るく前進的トーンをつくったクラスは、あとあと、実にたのしいクラスになってるんですよね、これが。(終わり)

2007年9月 9日 (日)

いま、なぜ遠足にこだわるのか 2

遠足・文化祭・修学旅行… なんだかんだいっても、こうした行事が高校生活の思い出の中心部分になっていることは間違いのない“真実”。こうした機会にクラスの中の友人が増えたという人も多い。ではナゼ、こうした行事で友達が増えたり関係性が深まったりするのか?

僕は、その理由のひとつに「非日常の共有」があると思うのだ。学校から外に飛び出して、ふだんは決して出すことのない姿を見せて、日常とは異なる「非日常」(=いつもとは違う)を見せ合うことで関係性が変化してくるのではないかと思うのだ。だから、遠足はうんと“非日常”なところがいい。つまり、「学校くささ」の全くしない、そんなところへみんなといっしょに行きたいなと思うのである。

「団結三原則」なることばがある。広辞苑にも載っていないが、難しいことをいっているのではない。

     いっしょにメシを食う

     いっしょにフロに入る

     いっしょに寝る       という3つだ。

 そういわれると、確かに、今でも付き合いのある友人たちとは、この「三原則」を繰り返しているナ。そういえば、あの修学旅行は、この「三原則」を見事に“実行”している。

 というわけで、高校生活、いや人生最後の「遠足」で“いっしょに寝る”ことができないのは残念だが、でも、せめて①ぐらいは(できれば②も…)何とかクリアしたい。学校くささの全くない非日常な場所で、いっしょにメシをつくって、いっしょに食べて、いっしょに遊んだら、きっと思い出に残る。クラスのみんなが「行ってよかった」「エエ思い出になった」… という1日にするための僕は遠足には少々こだわりたい。みんなの期待と要求に応えたいのです。

 以上 学級通信より転載

2007年9月 8日 (土)

いま、なぜ遠足にこだわるのか1

いま、密かに進行しつつある出版企画・・・

遠足本、その趣旨は?

いま、なぜ遠足にこだわるのか1  洞尾富久男                             5月11日は遠足。3年生は例年クラスごとに、行き先・目的地を決めることができます。「じゃあ、どこがいいと思いますかぁ」といきなり訊いてみても、「近くぅ」「海ー」「山ー」「遠いとこー」「遊園地ー」「USJー」… などと収拾がつかなくなってしまいます。かといって、担任が「ウチのクラスは○○へいくぞぉ」と宣言して「エッー、いややー、そんなとこ」の反応に「ヤカマシイ、遠足休んだヤツは調査書つくらへんからなあ」と逆ギレするのもなさけない。

思えば、幼稚園、保育所ではじめて「遠足」なるものに行ってから、小・中・高と20~30回“経験”してきた。だけど、この種のイベントは、会社にも大学にも存在しない。(大学ではゼミ旅行というのがあったが、10名余の参加。会社に入ると慰安旅行があったりするが、これは「仕事」の延長!?)そう考えると、今回の遠足は一生で(人生で)“最後”の機会となるわけだ。だから、ぼくは遠足にこだわるわけである。

2007年9月 6日 (木)

Sawarabi臨時増刊、届きましたか?

 9月の声を聞いてもメチャメチャ暑い日々ですね。Sawarabi臨時増刊~全国大会報告特集:「行ってきました!火の国熊本へ~」を9月1日に発送しました。もう、みなさんのお手元に届いたことと思います。
 大阪から熊本へは初参加2人を含む12人が参加。Sawarabi臨時増刊は、大阪12人はもちろん後泊ツアーに参加した、北は北海道から南は沖縄までの老若男女みんなで、寄ってたかって出来上がりました。

 今回の大会は、いつにもまして後泊ツアーが充実!?山鹿のお湯の良さ、ラーメンの隠れ名店の実力もさることながら、夕食時のロールプレイ(宿の表示が「歓迎!向生研様」だったので、そのまま「向井生物科学研究所慰安旅行会」に変身)や、夜のレクリエーション大会(若手教師Mさんプロデュースの「伝言連想ゲーム」や昔懐かし「ウィンクキラー」)で大盛り上がりでした。
 翌日は吉野ヶ里遺跡でしっかりお勉強、Kさんの真っ赤な新車をおそう次々のアクシデント(これは笑えません…)にもめげず、最後のフェリーの中では、大会参加のフィナーレを飾るかのような同室の若者を巻き添えにした大宴会(なんとこの若者は、基調で取り上げられた「貴志川線廃線問題」の当事者でした)と、最後まで「何かある」大会でした。

雰囲気ちょっとでも伝わればうれしいです。 
    
 今回は校正・印刷を常任委員会でやってもらって楽勝!の早蕨編集長いぬまでした。

2007年9月 4日 (火)

「自信をもって語ろう憲法」学習会あれこれ

 立憲主義についての渡辺治さんの、三菱樹脂事件を例に出しての考え(憲法は国家だけではなく、民間企業やマスコミをも縛るものでなくてはならない)は、「ふーん、そうか」 だけで終わってはいけないのかもしれないと思い始めました。 最近読んだ『国家は僕らをまもらない~愛と自由の憲法論』 (田村理・朝日新書)と、パラパラと斜め読みした 『憲法の力』(伊藤真・集英社新書)はおもしろかったので、 ぜひ読んでみてください。新書なので価格もお手ごろです。田村理さんの、序章「ビストロのような憲法論を」からはじまり、キムタク、桑田佳祐、漫画『パタリロ』、イチロー、ゆず、吉田美和などが出てくる憲法論は刺激的でした。田村氏は、大学の講義の中で、しつこく立憲主義を説明するが、学生の「クルリン」(田村氏の造語)は簡単に起こると言います。

 三菱樹脂事件に対しては「だから、国家=権力が差別的な会社を取り締まって僕たちの職業選択の自由を保障してくれないと困る」という、「頼れる味方の国家=権力」という「クルリン」。「(憲法は)世の中のありとあらゆる問題を解決できるコンビニな規範ではない。最高法規であるということはデパートの最上階の食堂のように『何でもあり』という意味ではない。 「憲法は国家=権力に縛りをかける権力制限規範以上のものであってはいけない。(中略)それ以上のものを僕たちが期待すれば、権力担当者は易々とそれを国民の生活と内面を縛るルールに転化するだろう。憲法はただの権力制限規範だから価値がある」「ただの憲法じゃねぇか、こんなもん!」伊藤真さんの本は、7月に出版されたもので、 第一章「このままで公正な国民投票ができるのか」ではじまります。渡辺さんの話と比較しながら読むと面白い。また、コラムとして掲載されている「飲み屋で負けない憲法論議・ミニ知識Q&A」も、マジメな伊藤さんの本としては、珍しい。 編集者の知恵かも。私も、恥ずかしながら「憲法は法律の親分」くらいにしか思っていなかった人間です。「憲法は、国民への行動規範」だと比較的最近まで思っていました。もう一度、「立憲主義」を勉強しようと思いました。  (帷子ノ辻)

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