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2008年5月の投稿

2008年5月28日 (水)

第1回実行委員会総会学習会の感想②

みなさん、こんにちは。事務局長の首藤です。第1回実行委員会総会学習会の感想②です。今回はMさんが明石さんに次のように応答してくれました。

明石さん、同僚性について調べてくださったんですね!私も第一回実行委員会に参加しました。Mといいます。勉強会に参加された先生がたの近況を知ることができ、また、知的刺激を受けることもできて元気をもらってきました。

この勉強会で同僚性の話題が出たとき、私は頭の中で自身の職場を思い出していました。「同僚性=学びあい・繋がりあい」これって、日々何気にやってることじゃ…?私の学年の担任団の教員は、何か問題があれば積極的に関わり、解決に向けて一緒に知恵を絞ってくださいます。職員室で日常的に先輩教員がご自身の思いを語られているのを小耳にはさむと、「あっそれ、私も同じこと考えてた」「先輩でもしんどい思い抱えてるんだな」
と、思うこともあります。

 自分の考えに自信を持てないペーペーの私でも、そんな先輩がたの会話に励まされて自分を出してみようかな、という気持ちになっています。先輩がたも若い教員の話しを聞きたいと思ってらっしゃるだろうし、自分を出すきっかけを掴めたら、自然と学びあい、繋がりあっていくんじゃないのかなぁなんて考えています。

 人は基本的に楽しいことが好き。楽しいことは一人より大勢で共有したいもの。「愉快な」全国大会in大阪に向けて、楽しいことしませんか♪ 最近、所属しているオーケストラのメンバーからボディパーカッションの譜面をもらったんです。かなり難しいですが、うまくいくとすっごくかっこいいんですよ☆ネタに困ったら大阪大会で使ってもらえるように、今からじっくり煮込んでおきますね。

2008年5月25日 (日)

おかげさまで、定員20名達成! 竹内常一連続出前塾in大阪 追加募集若干名!

「“若手向け”限定ではモッタイナイ! 「実践記録が教師を育てる」とかよく言われるけど、ベテランと言われる年になったわれわれも、実践記録の書き方をしっかり学んだことはない。この機会に、竹内さんから「実践記録とは何ぞや」、そして「実践記録を分析し、明日の実践に活かす術(すべ)」などを、若手ベテラン入り混じってじっくり学ぼうよ」――そんな声をもとに、連続5回講座として企画された、竹内常一連続出前塾in大阪。 京都・岐阜のほか、遠く岡山、東京からも新幹線に乗って受講希望が・・・・。

 募集とともに、すぐに定員20名が埋まりました。「募集期間が短すぎる! 私も受講したかったのに」「ウチの若手にも紹介したい」「高生研会員じゃないけど、余席あれば私にも」……etc.

 そんな声にお応えし、「若干名」ということで追加募集します。
 
                    記

竹内常一連続出前塾in大阪
  『“実践記録”~読む・書く・語る・聴きとる講座~』
  ―「ああそうだったのか!」。明日の指導がみえてくる連続講座―                     (前期5回連続講座)

○今年度日程
第1回 6月8日(日) PM2:00~5:00  会場:たかつガーデン
(第1回は福本さんの実践を竹内氏と参加者で“読み”ます)

第2回  8月10日(日) 会場:クレオ大阪西  

第3回  10月11日(土)  会場:たかつガーデン

第4回  12月20日(土)  第5回 2009年2月(日程未定)

※その後、展開によっては後期5回講座あり。

○募集定員
・定員先着20名⇒最大定員30名まで追加募集。
・うち10名は「若手枠」とする。なお、「若手枠」の10名には、竹内さんから著書「若い教師への手紙」(高文研)が先行プレゼントされます。
・5回全日程参加を原則とし、全員が期間中に1回以上「実践記録」を書くものとする。
・大阪高生研会員を優先する。残席あれば、会員外の参加も可とする。
○会場 たかつガーデン(上本町) (6/8,10/11) クレオ大阪西8/10) 他
○受講費
 会場費頭割り。また、竹内さんは「無料でも」と言っておられますが、毎回東京から来られる竹内さんの交通費程度は参加者で負担したいと考えています。今後、参加者で議論しますのでお含み置きください。
○問い合わせ・申し込み先  taikanokaisin@occn.zaq.ne.jp(佐藤)まで。

2008年5月18日 (日)

充実した第1回実行委員会でした!!

 みなさん、こんにちは。事務局長の首藤です。2009高生研全国大会大阪大会第1回実行委員会はたいへん充実した内容で、主催者としてゲストの氏岡さんはじめ24名の参加者のみなさんに改めて感謝申し上げます。Img_0535 Img_0534_2

まず詫磨さんによる「文化祭見てある記2007」の上映   ホンマ高校生は元気ですねえ。次に井沼さんの力作教育見取り図(本人はグダグダと言ってましたが)、戦後の教育を俯瞰する意欲的論考でした。次回にさらに豊なものになるでしょう。

そしてメインの氏岡さんによるトークセッション。教師の同僚性・国の教育政策の動向・教師の自己規制など記者ならではのリアリティあふれるお話と鋭い問題意識、そして何より参加者のみなさんとの丁々発止の応答がたいへん充実した学習会でした。09大会づくりを通して、情勢をきっちり捉えて、今後10年の見通しを創りだそう、というでっかい計画の第一歩はバッチリでした。

ここで参加者の明石さんから感想が届いていますので紹介します。大阪高生研では、第2回の実行委員会も充実した内容にしたいと思っています。みなさんもぜひ実行委員に登録ください。

以下明石さんの感想

第1回実行委員会にいってきました!

 こんにちは、初ブログの明石です。
2009年高生研全国大会in大阪第1回実行委員会が5月17日にありました。土曜日にもかかわらず授業があった私は、かなり遅れて会場に到着。朝日新聞社の氏岡真弓さんのお話が白熱してきたころからの参加となりました。

どんなテーマで白熱していたのかというと、「教師の同僚性」についてでした。「同僚性が教育改革が進むにつれて失われているのでは」というフロアからの指摘。どの会社でも同僚性があるのか疑わしいと『不機嫌な職場』という書籍を紹介されながらおっしゃる方も。組合の組織率の低下、中間管理職の登場といろんな点で、教師の同僚性がなくなっていくことへの嘆き(問題)を語る場となりました。

私が興味をもったのは、「僕にとって、同僚性という言葉はぴんとこない。それより、『協働』のほうがすっきりするかな」という、I先生のお話。(的確に引用できているか、不安ですが)気になってインターネットで論文検索をかけたら、学術論文のタイトルに「同僚性」という言葉がではじめた時期が1995年。比較的、新しい用語のようです。

この言葉がなぜ流行ったのか。なにか理由(ワナ?)がありそうです。

とにかく、同僚性(学びあいたい、繋がりあいたい)を大事にしたい。「愉快な学校」にしたい。そういう思いがあるけれど、それが難しいってなんだか先生も、生徒と一緒だなあ。
制度、世代差、学校文化の変化…いろんな要因はあるでしょうが悲観諦観はそこそこに、

なにか自分でできるアクションをとってみようと感じました。

大阪大会に向けたさまざまな取り組みで、たくさん議論していきたいテーマでした。

2008年5月16日 (金)

中年教師が感じた現場の10年⑥

一応、これで締めた。大変だった~!

 「中年教師の感じた現場の10年」も、今日で連続6日目になります。我ながらがんばってるなあ、うんうん。途中、「カウンセリング的手法と言っても幅広い。一概に批判はできない」、「『教育の心理主義化』とは何か」と質問を受けました。アバウトに書いているので、感覚的な面は否めません。カウンセリングの潮流についても詳しく知っているわけではないので、よく知ってる人、教えてください。

 さて、かなりバクっとした掴み方ですが、「現場の10年」を、「教育の心理主義化」と「学校リストラクチャリング」という2つのキーワードで考えてみました。今日は、言い足りなかったことを付け足します。
 「教育の心理主義化」は、教育の世界だけのことではありません。むしろ社会の心理主義化がすすむなかで、否応なく教育も心理主義化しているのだと思います。社会の心理主義化は、80年代以降の産業構造の変化(第3次産業の比重の高まり)、大量生産よりも多品種少量生産で顧客満足度を際限なく高めていこうとする付加価値・サービス戦略の中で強まりました。感情コントロール技術の進歩は、学校ではだる~い生徒が、アルバイトでは「いらっしゃいませ~!」と一様に笑顔をふりまく姿にも現れていますよね。どうすれば「不快」を減らし、「快」にあふれた毎日を作り出せるか(結果として商品・サービスを消費してくれるか)の飽くなき追求は、人間関係にもしみとおり、「親密圏」の仲間を気遣いでますます重くしているのではないでしょうか(少年犯罪が、不特定多数への暴発の一方で親密圏で起きているという事実)。そして、教育もまた商品・サービスと考えてしまえば、「不快」を我慢して対価を得られるかどうかで値踏みされるのも必然ではないでしょうか。同じ金を払うならどちらが「特色ある学校」か?ってね。(学校へのイチャモン増加の事実)

 もう一歩、踏み込みますね。じゃあ産業構造の変化はどうして起きたのか。成熟した資本主義の段階ではそれは当然ともいえるのですが、日本の場合はむしろ、対米輸出依存型の高度成長が続けられなくなった危機感(そりゃそうです。親方アメリカが双子の赤字で倒れそうになったのだから=プラザ合意)から来ていると思います。困った!こうなりゃ「戦後政治の総決算」だ(中曽根政権)。国民よ、「福祉国家」(日本の場合は企業福祉国家)にいつまでも甘えるな。これからは「たくましい日本人」だ(92学習指導要領)、「生きる力」だ(02学習指導要領)とサバイバルの様相を呈していくわけです。
 ただ、どうもこのたくましい日本人やら生きる力のある人やらは、トップの引き上げを意味していたようで、ボトムの底上げは考えてなかったみたい。のぞまれるたくましさや生きる力を身につけ損ねた連中の「荒れ」や「暴発」には厳罰で対処(少年法の厳罰化)でのぞもうとしているようです。
 だから、教育基本法の「改正」は、トップの引き上げを支えるために、ボトムはびしびし「伝統・文化・道徳」を「体験活動」を通してたたき込め!(07中教審「審議のまとめ」)というのが真のねらいのように思います。この「でき損なった連中」への厳罰と排除は、今後、いわゆる「困難校」で根っこ深く広がっていくと予想しています。曰く「今どきの中学は躾もできていない」「授業を受ける態度がそもそもない」「最初に中学とは違う高校(社会)の厳しさをわからさないと…」「たくさん切れたから上級学年になると落ち着いた」などなど…。

 「現場の10年」、さいごは今後の展望を描こうと思ったのですが、なんだか暗い見通しになってしまった感じ?
まあ、リアルに見れば今の日本の現実は厳しいと誰しも思うところですが、実は、僕は、見通しがないわけではないと楽観的に思っているところもあるのです。でもその話を十分展開できるだけの力量は今の僕にはありません。これから来年の大阪大会に向けて、みんなでわいわいやってるうちに明るい展望が見えてくるのだと思います。いやそのことは根拠なく確信しています。そう思えるようになったのがこの10年の教育サークル運動の一番の成果かな?(おわり)

2008年5月15日 (木)

中年教師が感じた現場の10年⑤

 90年代後半から現在に至る10年。学校にはもうひとつの大きな波が押し寄せてきました。「学校そのもののリストラクチャリング」です。大阪では、99年の教育改革プログラムに端を発する「統廃合・再編」、03年からの「総合的な学習の時間」導入、04年の教員評価の本格実施、06年の首席制度導入、07年の4学区制と、これまでの単線型偏差値序列の普通科高校をリストラし、作られようとしている学校はどんな学校か?

 この間大阪高生研は、01年「統廃合・再編を逆手にとる」、02年「生活指導運動と学校づくり」、03年「教育サークル運動のこれから」、04年「高校HR活動のこれから」、06「学校へのイチャモンから応援団へ」と連続して、学校リストラの現状と実践の方向性を模索してきました。
 少しずつ見えてきたのは、基本的な読み書きコミュニケーション能力以外は、ひたすら自分のキャリアを作るために科目の選択や「総合的な」学習を重ねる「孤の存在」としての生徒と、それを支援することで自らも評価される「孤の存在」としての教師からなる学校です。そこでは、自分の「ウリ」になるキャリア形成(生徒にとっても教師にとっても)に役立たないと見なされる制度、例えば学年制やームルーム制は解体されて、基本は単位制、ホームルームはせいぜいコミュニケーション能力や人間関係のトラブル解決能力の涵養程度に位置づけられようとしています。

 こうしてみると、次から次へと上からすすめられる「教育改革」は目まぐるしいですが、単純にしてしまえば、やっぱりホームルームをどう位置づけるか、なんですね。生徒の生活の場(あるいは生活が持ち込まれる場)であり、、当然、生活問題が起き、それをどう解決するか自治の課題が立ち上がり、ひとりひとりが社会的存在としてどう動いていくべきか、を考えさせられるホームルームがあるかないか、が教育をめぐる政治的対決の真の焦点だと思います。
 そしてもうひとつ、「孤の存在」に貶められようとしている教師の共同性の再生も焦眉の課題です。98年全国大会の1交流会から生まれたおまかせHR研究会が、その後たどった軌跡は、HRを「遊び、学び、生活する共同の場」として豊かにするアイデアをからだごと交流(ワークショップ)しながら、そこにつながる教師の身体性を解放してきた、と思います。(いよいよ明日でラストの予定)

2008年5月14日 (水)

中年教師が感じた現場の10年④

  「子ども・若者の世界はどうなっているのか」というテーマをもう少し続けます。これって、「子ども・若者はどうなっているか」じゃないところに僕たちのこだわりがありました。カウンセリング的子ども理解が、いわば子どもを「孤の存在」としてその心理を理解しようとしているのに対して、僕らは、あくまで「社会的存在」としての彼らの世界を捉えたいと考えていたのです。

そんな模索の支えになったのが、98年の藤本卓さんの「世代の自治」の提起でした。「子どもを、明確に大人と区別しながら、嘘でなく大人扱いする」という、一見わかったようで一筋縄ではわからないテーゼをあれやこれや議論しながら、2000年には、高校生活指導誌に「世代の自治を学校に」という特集を、大阪高生研は書いています。藤本さんはまた、「いじめ問題」というのは、「大人が子どもの世界に侵襲することで起きているのではないか、子どもの世界の問題は子どもが解決するしかない」というような意味のことも述べられていました。(このあたり言葉が正確ではないかも。あらためて調べる時間がないので不正確さはお許し下さい)

 このテーゼが、教育の心理主義化の流れと僕たちの一線を分かつ微妙な分岐点だったように思います。、おそらくカウンセリング的生徒理解に向かった先生たちの多くは、「子どもを理解したい。子どもと良好な関係を結びたい」という善意からだったと思いますが、92年の学習指導要領で「新学力観」(関心・意欲・態度)が出され、大阪では98年の高校入試制度改変によって「内申重視」が強まると、子どもを「孤の存在」として切り取り、その「こころ」を評価する流れは明確になりました。国家的には2000年に教育改革国民会議が、教育基本法の「改正」・奉仕活動の義務化など、国家が望む人間像に向けて子どもの「自発性」を調達しようとします。「心のノート」の配布は2002年です。
こうして教育の心理主義化は、国家の教育イデオロギーと結びつき、管理主義の新たなかたちとなって、僕たちの前に現れてきました。カウンセリングの手法も、一見、社会的存在としての人間を肯定しているように見えながら、実は、「私」にとって良好な人間関係をどうつくりだすか、そのための感情マネジメントに向かっているように思えます。これはなかなか厄介で、取り込まれそうになります。
「教育の心理主義化」。これは、今の学校や教師の在り方を問うていくキーワードだと思います。

2008年5月13日 (火)

中年教師が感じた現場の10年③

 さて、いよいよ本題の「現場の10年」。10年前というと、「学級崩壊」が初めて世間に認知されたときです。(NHKの「学級崩壊」が確か98年に放映)。先にふれたように、神戸の事件が前年にあり、「むかつく、キレる」という言葉が子どもを象徴する言葉のように取り上げられました。このような事態をどう考えるかは、少し時代をさかのぼってふりかえる必要があると思います。

 僕が教師になったのは1982年ですが、ちょうど「校内暴力」が話題になった頃でした。勤務した新設校では、「校内暴力」に対抗する「一斉・一律・押しつけ」の「むきだしの管理主義」が一般的でした。70年代の「高校全入運動」の結果、高校進学率は94%に近くなりましたが、1クラス45人を超えるマス化、高校の大衆化とともに吹き出てくるさまざまな問題をとにかく抑え込もうとする緊張の中に学校はありました。それが、マスコミの体罰報道の中で転換を余儀なくされるのが、85年の「修学旅行ドライヤー体罰事件」だったと思います。
 それから「むきだしの管理主義」は影を潜め、かわって、カウンセリング研修なるものが学校で流行しました。これは、「管理の心理化」であり、生徒にとっては「管理の内面化」のはじまりでした。86年の「中野いじめ自殺事件」(いじめを契機とした初めての自殺事件)に象徴されるように、このあと、「いじめ問題」「不登校問題」が学校に広がります。

 さて、この頃、大阪高生研は、故服部明先生の尽力で「生徒とのかかわりをどうつくるか」(明示図書1989年)、「生徒との協同をどう生み出すか」(近代文芸社1994年)の2冊の本を出し、管理主義的な指導ではない生徒とのかかわり方を模索しますが、いかんせん活動は停滞し、点にとどまっていました。ですから、98年全国大会を引き受けると決意したとき、まずは「いったい子ども・若者の世界はどうなっているのか」、「大阪の中等教育の現状はどうなっているのか」からはじめなければならなかったのです。98年全国大会と前後する時期の例会・総会のテーマをみると、「子どもの『新しい荒れ』を考える」「子どものからだとこころ」「豊かな少年時代を考える」と並び、小中学校の先生や小児科医、ひきこもりの青年、子ども家庭センターの相談員、登校拒否を克服する会の親など、さまざまな人を招いて考えようとしたことがわかります。(つづく)

2008年5月12日 (月)

中年教師が感じた現場の10年②

先日の授業の話。授業の山場を迎え、生徒もそれなりに集中したところに、遅刻した生徒が…。しかも教壇で熱の入っている僕を軽く無視して、友だちに「おはよう」と、何ともゆるキャラなあいさつ。むっかーときました。「授業中の礼儀はないのか!」とね。でもその生徒にしたら、友だちとの礼儀を尽くしたのかもしれません。
僕があたりまえと思っていることは必ずしも生徒にとってあたりまえじゃない。それはなぜでしょうか。いっしょの空間で息をしていたとしても、そう、生きてる世界が違うからでしょう。この違いは、世代の違いであったり、貧富の違いであったりします。
今回、わざわざ「中年教師の…」と断りをつけたのは、僕があたりまえと思う考え方や感じ方も、若い先生には背景説明をつけて話さなければいけないのではないかと思ったからです。

僕は昭和30年代生まれです。「鉄腕アトム世代」ですね。科学技術の進歩とそれが生み出すだろう豊かな世界への素朴な信頼感とともに育ちました。そして、ほどなくはじまった高度成長。僕らの世代はなんだかんだといっても「飢え」を知りません。ほんの10年前の団塊世代が味わったような飢餓感がないのです。団塊の世代があれだけ権利の主張が強く、いいにつけ悪いにつけ行動的なのは、根底に飢餓感が大きいのではないかと思っています。僕らは、団塊の世代が進んだ道を批判的にであれ従順にであれ、前提としてきたのではないかと思います。政治的には、日米安保体制に「守られ」、消極的な平和主義を是として、平和と豊かさとそこそこの平等感を味わってきた世代。「戦後民主主義」を僕らは身体的にはそのようなものとして身につけてきたのではないでしょうか。その身にしみた価値観は、授業でHRで職員会議でいつもしみ出していると思います。

いま、20代の先生たちはどうでしょうか。彼らが生まれたのは1970年代後半から80年代の初め頃。不登校やいじめ問題が学校にひろがり、97年の神戸小学生連続殺害では「14歳」が、98年の中学生女性担任刺殺では「むかつく、キレる」が、キーワードとしてクローズアップされました。国内では、バブル崩壊後の不況の中での「就職氷河期」、国際的には91年の湾岸戦争を機に自衛隊の「国際貢献」が叫ばれはじめる、そんな時代です。一口に言えば、暴力が生活や学校にしみこみ、人を傷つけない消極的な平和より、誰も傷つかないための安全保障が優先され始めた時代。同じ日本で生きていても民主主義の原体験はかなり違うのではないかと思います。若い先生のHR実践をこのところ大阪高生研は連続して取り上げているのですが、担任のもめ事への入りかたなど、理非よりもとりあえず誰も傷つかないことへの配慮が最優先されているように感じるのは僕だけでしょうか。

こんなふうに考えてくると、「現場教師の10年」を一般的普遍的に語る、まさにその語り口に自分の民主主義観を暗黙に押しつける誤りを感じたわけです。これって、組合でも根強いと思うけど。
そこでまず、民主的な社会像を、僕の考える民主的社会とは?と断りをつけて投げてみようと思ったわけです。誰に?って。もちろん次の10年の中核を担う若い先生たちにです。(つづく)

中年教師が感じた現場の10年①

久々、ブログ登場のいぬまです。
来年の09大阪大会実行委員会の立ち上げが、いよいよ今週末(詳しくはHPの案内参照)に迫ってきました。実は、朝日新聞氏岡さんとのトーキングライブのときに、僕も20分もらって、「中年教師が感じた現場の10年」というお題で話します。いえ、芋洗い坂係長ではありませんよ。でもお題がなんかねえ…休みの日にわざわざ聞こうかなあとは思えないって、そうでしょうね。でもあえてこのお題にしたのは、いろいろ考えがあるんですよ。これからちょっと聞いてくださいね。

09大会を大阪でやろう、という話が出たとき、まず頭に浮かんだのは、前回の大阪大会(98年)から早10年、僕らはいったい何をやってきたのか、何を作り出せて何ができないままなのか、を考えてみたいなということでした。10年前の大阪高生研はサークルとしてはいわば瀕死の状態でしたからね。よくここまで再生したな、というのは僕らの世代の偽りない実感でしょう。でも、決して過去をふりかえって感傷に浸るとか、大阪高生研の自慢話をやりたいのではありません。

2005年に「先生の元気のモト」を出しました。残念ながら売れ行き伸び悩んでいますが。あの本を出したとき、少なくない教師が「もうやめたい」と追いつめられる原因を、「上からの教育改革」と「理解しがたい生徒の登場」と押さえました。「上からの教育改革」は、とうとう教育基本法の改悪に及び、その下での新学習指導要領がこの先の10年の学校と教育をどうしようとしているのか、を明らかにしていく必要に迫られています。いっぽう「理解しがたい生徒」というのは、ちょっとややこしいですね。だいたい生徒というのはいつの時代でも、教師にとって「理解し得る部分」と「理解しがたい部分」を持つ存在なんだし、「理解しがたい部分」を理解しようとして教師は飛躍することができるのだから、あながちこれは悲観的に捉えることじゃないと思います。ただ、理解しがたさの内容や質がどう変わってきたかには注目したい。

ということで、「中年教師が感じた現場の10年」というのは、これからの10年の教育のゆくえと、子ども・若者が提起している未来の課題は何かを探るためのふりかえりなのです。じゃあ、なんで中年教師って断りをつけるのかって?それはまたあした。

2008年5月 5日 (月)

2007青森情報① 今年もやります 後泊ツアー

来年夏は大阪大会。

おっとその前に。

今年の「夏」は青森です。

大阪は今年もいくつかの分科会でレポーターや運営を行うほか、「スキマ」のいろんな部分で(勝手に?)関わりますが、その情報を適宜お知らせしましょう。

★第1弾・今年もやります、「SATOツーリスト」厳選後泊よくばりツアー

「ねぶたみて北海道に渡って余市・ビバハウス見学宿泊。もちろん温泉もツアー」

  8月1日~3日 定員先着12名まで

 一昨年は琵琶湖畔でバーベキュー、昨年は山鹿温泉~吉野ヶ里遺跡と、毎年、「行って勉強するだけ」ですまさないのが大阪。

「今年はどうなってるネン?」

 皆まで申すなとばかりに今年の「後泊」のご案内です。

●8月1日(金) 大会終了後、この夜はねぶたの前夜祭。それをみたあと、夜行の連絡船で函館に渡ります。  (船中泊)

●8月2日(土) 函館朝市をひやかしたあと、レンタカーでニセコあたりを北上(※もちろん、温泉つき。コースは参加者で相談)し、余市をめざします。

 1日の「問題別分科会」で報告いただく安達俊子さん・尚男さん(余市の自立支援ホーム「ビバハウス」代表)とともに、ビバに宿泊。見学・交流会。(余市・ビバもしくは近く泊)

●8月3日(日)

余市・小樽等見学ののち、夕刻、千歳で解散。

「問題別分科会」のご案内(※安達さんをお呼びしての「問題別」も大阪が担当します)より先に後泊のご案内をしてしまうところが「おおさか」ですが。 

「余市まで来ていただいて、一緒にジンギスカンでもやりましょう」と安達さん。

「大阪発:行き~青森行き、帰り千歳帰り」の格安チケットは5月中ならご用意できそう。

大阪以外の方の参加も大歓迎です。

お申し込みはSATOツーリスト(taikanokaisin@occn.zaq.ne.jp)まで。

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