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2008年6月の投稿

2008年6月29日 (日)

大阪高生研7月例会兼2009年大阪大会実行委員会のご案内

「怒濤(平穏?)の1学期を終えて・・・ぴらっと1枚ネタ実践交流会」

    ●日時:7月21日(月・休)13:45~15:45
    ●場所:たかつガーデン(3階ローズ・近鉄上本町・地下鉄谷町9丁目下車)

  参加者は「1学期の出来事・実践」を1枚の報レポートにまとめて持ち寄ります。

■テーマは1学期のことなら基本的に自由。例えば、「クラス(クラブ・授業)びらきをこうやってみた~今年のクラス(クラブ・授業)のささやかな目標と方針~」「遠足でオリジナルイベント」「体育大会、クラスは?」「応援団の取り組み」「こんなふうにやってみた、行事の総括」「面談で見えてきたこと」「気になる生徒」「事件に振り回されて」「問題を抱える生徒への指導はこれでいい?」「学年~前向きな教師集団の共同をどうつくる?」「職員会議で大議論!~これって、どうよ?」「生徒会役員選挙に異変!?」「要求運動にどう取り組む?」「文化祭に向けての布石は?」などなど。
 *できるだけ、教師の指導、生徒の動き、かかわり方が他の参加者に具体的に見えるように工夫してください。
■すすめかた:基本4人グループで、発表者→疑問者(→応答)→読み取りⅠ(評価)→
       読み取りⅡ(批判)を各5分計20分で、4人全員が順番に行います。
 全体で交流:各グループのレポート、討論の特徴を発表します。
*「ぴらっと1枚ネタ」実践交流会は、すごい実践レポートばかりを集めるものではありません。1学期、 気になったこと、もやもやしたこと、うれしかったこと、腹たったことなど、ふだんの自分のありのままを お互いちょっとずつ出しあって、元気を増やそうというのがねらい。気軽に、まとまらなくてもいいから持ち 寄りましょう。きっと誰かが、先生と生徒たちの<ほんとうの物語>を読み取るきっかけを示唆してくれると思います。

★当日2008青森大会・2009大阪大会関係の日程

13:15 08高生研青森大会参加者説明会
  青森高生研が作った大会お誘いビデオを観ながらまずは、夏の青森をイメージ。青森大会内容の説明。
SATOツーリストから「今年もやりまんがな!後泊ツアー~北の大地。余市に教育の理想を見た~」。行程他の説明

15:45 実行委員会の当面の活動
 ■「09大阪大会100人実行委員会大作戦」経過報告
■青森大会視察の役割分担:受付・宿舎手配・会場・分科会・ニュース・交流会・書籍など。 ■みんなで大阪をアピールするアイデア検討:大阪大会情宣紙
(または研究本)作成、“大阪 の本”販売大作戦、大阪主催交流会などなど

                  (17:00 終了予定)
             
 *当日10:00から、たかつガーデンで「基調発題学習会」を開きます。大会基調発題(高校生活指導177号掲載)を事前に読んで参加してください。常任以外の方、大歓迎です。

2008年6月25日 (水)

九州沖縄ブロックゼミ③

 九沖ゼミ午後は、「キャリア教育」をテーマに、大阪高生研のIさんと沖縄高生研のYさんの報告でした。Iさんは、今や話題沸騰の実践「雇用契約書をとってくる」。これは高校生活指導の最新号に掲載されていますので、内容は割愛します。

 沖縄高生研のYさんの実践報告「ナインハジドウー・ナッタンハジドウー」(できるはずだ・できたはずだ)は、1980年代後半の実践ながら、沖縄の今を見すえ、未来を見通す稀有壮大な構想をうちに秘めた実践でした。「猿山学級」と呼ばれた指導困難なクラス状況の中で、教師が自らが理想とする学級作りと学校作りを構想し、リーダー生徒を育てていく。その正面切ったぶつかり方と、教師の立ち居振る舞いが圧巻でした。

 さらにこの実践には、地元地域社会の時代状況を見すえて、地域の中で学校が果たすべき役割まで見通した未来への展望が示されていました。その展望と共に、リーダー生徒(B男)が、社会の主体として育っていく様子がリアルに語られていたと思います。

 読者のみなさんには何のことかよく解らないかもしれませんが、大変スケールの大きな実践でした。地域の課題に学校はどう応えるのか、地域の担い手を学校はどう育てていくのか、大きな示唆を与えた実践だったと思います。今時、こんな熱いテーマをもった教師に出会えたのは、たいへん刺激的でした。Img_0547                                                   

 というわけで、4本のレポートはいずれも充実した内容でわざわざ沖縄にでかけた甲斐がありました。

 夜の懇親会は国際通り近くで盛大にやりました。あちらこちらで教育談義に花が咲いていました。気が付けばいつしか日付が変わろうというところまで飲んでました。それから、夜の国際通りに繰り出してホテルに帰ったのが2時?3時?という人も・・・。

 沖縄のみなさん、本当にお世話になりました。また、来年はぜひ大阪大会でお会いしましょう。   (おわり)

                   首藤広道 

2008年6月24日 (火)

九州沖縄ブロックゼミ②

こんにちは、首藤です。九州沖縄ブロックゼミの簡単な報告です。Img_0545_2

 会場は那覇市の国際通り近くの八汐荘。午前中の報告は熊本高生研Fさんの模擬投票実践「自分たちの投票した人たちとの答えが同じだったのですごい」と沖縄高生研Hさんの「社会に主体的に関わる学びをつくる教科指導の実践~状況論的学習論をもとに~」でした。

 模擬投票は、政治的中立性の担保などいろいろ配慮しなければならない問題もありますが。高校生の社会参加・政治参加の意識を育てるという意味では、いろんな可能性をもつとあらためて感じました。ある県では、知事自らがシチズンシップ教育の実践として積極的に推進しているとのことで、とかくこうした先進的とりくみに警戒心をもつ「お上」にしては開けているなあと思いました。Fさんは2時間の授業でこの実践をされていますが、私も気楽に「やってみようかなあ」と思えるフットワークの軽い実践だったと思います。

 Hさんの学びの実践は、小論文指導を通じて、社会に主体的にかかわり、社会の一員であるという意識を育て、ひいては生きる力をそだてようという意欲的なとりくみでした。自分の実践上で「テーマ」を設定し、生徒にアンケートをとってデータを集めることで、学びについての仮説を立て、そこから実践を構想・実行し、さらにその実践を検証していくという、「実践研究」のお手本のような報告でした。

 参加者の議論は、両実践の評価を軸に、社会に主体的にかかわるとはどういうことか、どのような学びを構想するかをめぐって、熱い議論が交わされました。

「沖縄慰霊の日」と九州・沖縄ブロックゼミ①

 こんにちは、事務局長の首藤です。高生研第4回九州・沖縄ブロックゼミが6月21日(土)22日(日)の両日、沖縄県那覇市で開催されました。Img_0559

 折しもゼミの翌日、6月23日(月)は沖縄戦が終結したとされる日で、沖縄では「慰霊の日」となっています。今回、大阪から私をはじめ5名がこの九沖ゼミに参加しました。そして沖縄高生研主催の「平和創造ツアー」に参加して、沖縄の戦跡や安保の現場をめぐりながら、すべての戦没者に哀悼の意をささげつつ、「平和」について思いをあらたにしてきました。

  6.23の沖縄は、「全戦没者追悼式」が開かれ、哀悼の念と平和への思いに包まれます。Img_0562今回のツアーは米軍嘉手納基地が見渡せる「安保が見える丘」からスタートし、集団自決が起こったチビチリガマ、避難していた住民全員が生き延びたというシムクガマ、沖縄戦の激戦地である嘉数高台をめぐるものでした。

 途中、RKBラジオの12:00の時報とともに移動中の車を止めて、1分間の黙祷をささげました。また、あちらこちらで当時に思いを馳せる集いに出会いました。

 ガイドを務めてくれたのは、沖縄高生研のGさん。淡々とした語り口にも、「感じることが大事なんです。」と言われる言葉どおり、戦没者の無念の思いを私たちに届けてくれたように思います。

 6.23という特別な日に沖縄にいることができたのは、得難い経験でした。戦争のない世界をつくること、恒久平和を念じました。

 私たちを温かくもてなしてくださった沖縄高生研のみなさん。どうもお世話になりました。御礼申し上げます。

 九沖ブロックゼミの報告・5人の旅行記(?)は、追って(書ける範囲で)掲載します。

                               首藤広道

                                             

2008年6月20日 (金)

好評発売中! 『高校生活指導』177号「立ち読み」シリーズ④

アルバイトの雇用契約書をもらってみる

               井沼淳一郎

生徒の大半がアルバイト経験を持つが、その労働条件や処遇に関しては、彼らはほとんど「言われるまま」で働いている。18歳未満には禁止されている深夜労働、最低賃金以下の時給、休日のない6連勤や7連勤など、違法就労は少なくない。日本経済の最底辺は、高校生のアルバイトや日雇い派遣の若者がこうした違法あるいは違法ぎりぎりの労働で支えていると言っても過言ではないだろう。そこで、まず自分の働き方を客観化するために「アルバイトの雇用契約書(労働条件通知書)をもらってみる」*1という調べ学習を提起した。ところが、アルバイト先からすんなり雇用契約書をもらえた者はほとんどおらず、何度も「学校の勉強のため」とお願いして出してもらえた者も含めて、12~3人だった。
  ところで、アルバイトの雇用契約書を眼にするのは実は私も初めて。生徒に質問されてもわからないことがたくさんあった。そこで、雇用契約書をもらってきた生徒に発表してもらい、グループ討論と弁護士のアドバイスを組み入れた授業を企画した。今回の発表のなかで、もっとも劣悪な労働条件で働いていたのは、T子だった。彼女は、2年以上も串カツ屋で働いているが、雇用契約書はもちろんもらっていなかった。T子のレポートによると、最初は「雇用契約書なんてうちにはない」と言っていた店長が、「授業の宿題だから、作って欲しい」という彼女の再三の申し出でやっと書いてくれたという。ところが、この契約書がずさんなものだった。
 まず、T子自身が指摘するように、「所定時間外労働なし」となっているのに、11時過ぎまで働かされること。「嘘つき!!」だと、T子は憤る。グループ討論での「いいとこ」と「へんなとこ」さがしでは、「有給休暇が記されていない」「雇用期間の定めがない」「細かい点が書かれていない」などの契約書の不備に関するものや、所定時間外労働だけでなく、休日「週あたり2日」が守られず6連勤や7連勤もあることなど、契約書と労働実態の違いが指摘された。 T子の話では「有給休暇下さいよ」と言っても、「法律ではそうなってるかもしれないが、うちにはない」と言われたという。T子は、授業中「もうほんま、腹立つからやめたい」を何度も繰り返した。
 発表とグループ討論をうけて、弁護士が、雇用契約書を渡さないのは悪質な場合は最高30万円の罰金にもなる違法行為であること。また、高校生とわかりながら夜10時を過ぎて働かせ、割増賃金も払っていないのは、二重の法律違反であることをアドバイスしてくれた。そして、T子のレポートを高く評価し、「雇用契約書をもらうことで、自分が法律的に守られるようにしていくことはもちろん大事だけれど、会社にとっても、法律を守る会社(企業のコンプライアンス)になっていくということは、大きな社会的意味のあることなんだ。高校生が社会をいい方に動かしたということなんだよ」と話してくれた。
 日頃は寝てしまう生徒も多いクラスだったが、感想では、「うちのバイトはタイムカードが15分刻みなんで、1分ずつがあるなんて、知らなかったです。わかってビックリした。」「自分のバイト先も休憩時間があやふやだったりします。8時間働いて、休憩30分ってどうなんでしょう?」「自分は最初に労働条件通知書もらったし、タイムカードは1分やしイイみせ!」等、リアルな実体験に基づくものが出された。

  ところがこの反応はT子のクラスだけではなかった。「労働法を学ぶ」授業の感想には、他にも「未払い賃金をもらった」とか、「最低賃金以下の時給を改善できた」などという情報がノートの端っこにちょこちょこ書かれてきた。「ちょっと、それ詳しくレポートにしてくれたら、ボーナス点あげるから」と促して書いてもらった一例。

           <以下略。177号をお楽しみに>

2008年6月18日 (水)

好評発売中! 『高校生活指導』177号「立ち読み」シリーズ③

「しんどい学校」の文化祭

大阪府立高校教諭 長沼 達

  3年S組の担任となり4月のはじめに、遅刻魔で頭髪は茶色だが「行事ごと」大好きな女生徒EYが、私のところへ寄ってきて言うことには、「センセー、このクラス誰が決めたんよー!もっと考えてクラス作れよー」とのこと。「どういう意味?」その子の剣幕に、いくぶんムッとしながら尋ねると「男子に全然おもしろい子がおれへんやん!女子もグループに分かれているし~これは体育大会や文化祭、盛り上がらんで~せっかく最後の学年やのになぁ、O組やF組に(おもしろい男子が)かたまってるで~」と言っているEYの後ろで何人かの女子が相槌を打っていた。「なるほど、そんなもんかな?大人しいなら好都合やないか」。
  率直に言って、この学校で担任を持って3年目、何か「ワザ」や工夫をしてクラスが「活気のある、生徒にとっておもしろいクラス、盛り上がる行事」を目指す気持ちよりも「教科担当が授業しやすいクラス」「面倒(停学、いじめなど)を起こさないクラス」として1年間平穏無事にさえ終わってくれれば、という担任としてはいささかネガティブな思いの方が上回っていた。(中略)

3年S組のクラスは生徒IYが指摘したように、不登校気味な生徒も何人かおり、確かにリーダー的な生徒がおらず行事は苦しいかな、という印象を担任としても持っていた。しかし1学期が終わる頃「あながち捨てたものでもないぜ」的印象を持ち始めていた。というのは体育大会のクラス対抗大縄飛びを事前にクラスで何回か昼休みに練習するのだが、担任が声をかけるのでもなく「なんとなく、ゆるーく」クラス全員が参加しているのである。しかもIYにはビリになると酷評されていたが、運動が出来る生徒が少ないのに、みんなこつこつ頑張り体育大会の競技成績も学年で2位となった。文化祭でもクラスを仕切ることになる留年生TAや明るいダンス部部長FCは「先生、このクラス結構いけるでー」と話していたことを覚えている。また2学期初めにあった最後の校外学習は、クラス独自で行き先を決めキャンプ場でバーベキューをしたのだが、役割分担や買い物の段取りも自分たちで決め、当日もほのぼのと楽しんでいた。このころになると「にぎやか」系女子のグループ『Sくみーず』なるものが結成され、クラス活動の中心となっていた。彼女らは授業態度には問題があり、しばしば教科担当からはひんしゅくをかう存在であり成績も劣悪であったが、彼女らを中心に「ゆるーく」まとまったS組は、担任としてはあまりストレスのたまらないクラス(行事に関しては、だが)となっていた。3年生ということもあり文化祭でもごく自然にステージでのダンスに決まり、ダンスのチーム分け、振り付け、練習計画などがさくさくと決まっていき、この間担任がクラスに言ったことといえば、「最後だからみんなでステージを作ろう(実は私が言ったのは全員が何かの役割を担おうという意味であったが、どう解釈したのか25名全員が一度に踊るダンスとなった」であった。

        <以下略。177号をお楽しみに>

2008年6月16日 (月)

2007青森情報② 今年も出現 「青森大会応援ブログ」

まだかまだかと待ってた人も!

ブログ開設以来、「ほぼ毎日更新」の2008青森大会応援ブログ。
どうぞご訪問ください。

http://ameblo.jp/08aomori-taikai-koseiken/

2008年6月14日 (土)

青森大会、申し込みしました!

 井沼です。先週、大会申し込みFAXしました。
今年はなんと!ウチの職場から4人も参加。長い高生研とのつきあいでも、こんなん初めてです。しかも2人は大会初参加。いったい何が?高生研は今、職場で待たれている!?

・・・・って感じではぜーんぜんなく、ポイントは青森実行委員会の案内におどる「大間のマグロ」やら「ねぶた」やら「郷土料理」やら…。それと、SATOツーリストの「今年もやりまんがな!後泊ツアー」(早蕨6月号に掲載)。これに心を動かされたというのが初参加者2人の真相。「あの、けっこう高生研の大会ってリクツっぽくて難しいよ~」と老婆心ながら忠告すると、「じゃあその時は、勝手に青森観光してます!」だそうで。

ま、こんなのもありですよね。

2008年6月11日 (水)

早蕨6月号お楽しみに!!

 昨日(6月10日)、早蕨6月号、メール便で発送しました。明日くらいにみなさんのもとに届くかな。
 6月特集テーマは、「やっぱりこの時期は文化祭でしょう」ということで、「ヒントがいっぱい!文化祭」。詫磨さんが、「大阪の文化祭見て歩き6年」の足あとを貴重な写真とともにふりかえっています。
 ほか、実践報告2本。「しんどい学校の文化祭」は、ゆる~い雰囲気が何ともいえない。すごい文化祭の話じゃなくても、担任やってていいなあ、としみじみ思えるときがあるもの。「初めての担任と“8姫”の1年」は、今夏の青森大会で報告される若手のレポート。ひとりの生徒の退学をきっかけに、彼女の指導に変化が生まれます。

 新連載は、高校生法律講座でおなじみの小牧さん。まずは得意のジェンダーの視点から見た学校、今後どう展開するかお楽しみに。
 「竹内論文に応答する」は、若い明石さんの力作。もう「竹内WHO?」ではない??
凡々雑記帳に、のせた○○の簡単レシピも読んでね。 

*早蕨6月号目次は、HP上の機関誌早蕨コーナーをクリックしてください。

              編集長

2008年6月 8日 (日)

大阪高生研竹内塾第1回開講!

200806081654001_4 待ちにまった大阪高生研主催 竹内常一出前塾in大阪(5回シリーズ)の第1講が本日開講されました。

 今日は『実践記録を「読む」~福本実践をみんなで読む~』 参加者は25名でホンマに有意義な時間を過ごしました。

 この出前塾は長く生活指導運動の理論的指導をされてきた竹内さんが、「押しかけ的」に各地に出向むかれ、その竹内さんから「実践記録とは何ぞや」「実践記録を分析し、明日の実践に活かす術」を学ぼうという企画です。題して「実践記録 読む・書く・語る・聴きとる連続講座」です。

 今日の第1回の題材は、大阪府南部の府立高校でがんばる若手教師・福本さんの実践記録。担任2年目の昨年の記録を事前に参加者が読んだうえで、さらに参加者みんなで読み込みと聞き取りをしました。そして、竹内さんが福本実践を分析しつつ、生活指導の勘所を提示されていきました。

 福本さんの2年4組は、いくつかの私的グループに分かれます。今回の班別討議では、そのグループがどう存在し、どう変わっていったのかに焦点をあてるという、グループに力点をおいた聞き取りをしました。

 竹内さんは、「実践記録を聞き取ることはより実践記録をより完全なものにしていくということ・・・」と指摘された上で、福本さんの文化祭や修学旅行など行事でのグループに対する指導を具体的に指摘しつつ、その指導がもつ意味を明らかにしていかれました。

 「評価と総括が高校生には大切」「指導とは重層的に働くもので、学年集団づくりや全校集団づくりがかかわってHR集団づくりがある。」などなど・・・、生活指導とは何かという基礎基本があらためて示されたと思います。短い紙幅ではとても表せませんが、早蕨などを通じてその内容をお知らせしたいと思います。

 参加者も大満足の第1回講座でした。第2回が今から待ち遠しい気分です。

      (首藤)

2008年6月 6日 (金)

近日発売! 『高校生活指導』177号「立ち読み」シリーズ②

 177号の第2特集テーマは、「同僚とつながる」。
 ここでは、佐藤さんがテーマと正反対(?)の実践を語っています。

<以下・立ち読み>

“どーせ嫌われ者やし……”からスタートしました
             佐藤 功(大阪高生研)

●19年ぶりに転勤
 やってきた現任・A校でのスタートは散々でした。
 勤務校所在地や交通手段などの希望がことごとく認められなかったばかりでなく、学校種別が「これだけはやめて!」とまったく希望をしていなかった「普通科総合選択制」。50分7時間授業、二学期制、土曜セミナー、そのうえ、修学旅行も遠足もない(※それぞれ「研修旅行」「校外研修(大学見学等)」)……。う~ん、ほとほと鼻イキが荒い。「真剣に転職を考えてます」 過去の転勤にからむ諸事情もあって、最初の着任あいさつでこんなこと言うわ、新転任者ガイダンスに遅れてくるわ……問題教員佐藤、散々なA高校スタートは、2年前の春でした。

●ムゴイ話
 府内各地から、統廃合に伴う改変校1期生として転勤してこられた先生方は、働き者です。疑問言ってるヒマがなかったのかもしれない。そのなかでことあるごとに「それっていいんですか?」。モンクばっか言ってた私。職員会議で「新校・A高校では創立記念日を休日としない」(※多くの大阪府立高校では休日)案が出てきたときには、「ただでさえ忙しい学校じゃないですか。休めるときは休みましょうよ。先生方の教材研究日に充ててもいいじゃないですか」
 思わず修正案を述べましたが、この修正案、「支持者1人もなし」という無惨な結果で、審議さえしてもらえなかった。(みんなそんなに授業をしたいの?)
 自分1人で学校を何とかしようと思っても無理があるなあ、を痛感した次第です。

●2年目。担任になる
 休日出勤もほとんどしない(高生研だ、おまかせHR研究会だと忙しい?)くせにやたらとモンクの多い“嫌われモン”も、2期生1年の担任をするようになり(とりあえず「転職!」はおいといて)、自分のできることからいろいろやってみようと思いました。

<以下略>

「自分にできるところからアクションを起こす」……学年HR係、学年研修旅行係、教務部教育課程委員、組合分会長など、ここから佐藤さんの「リベンジ」が始まります。
 さてさて、同僚と「つながる」ことはできるのか?

 続きは177号をどうぞお楽しみに。

2008年6月 2日 (月)

近日発売! 『高校生活指導』177号「立ち読み」シリーズ

 高生研の機関誌『高校生活指導』の177号が間もなく発売。今号も多くの大阪メンバーが寄稿しています。いくつか紹介しましょう。

<「立ち読み」1 特別寄稿 「学校で憲法を語ろう」(下)>

刺激的だった「憲法を語る集会」
  ~「野中広務・渡辺治氏と憲法を語ろう」シンポジウム参加記~
                                牧口誠司

 今年の1月20日、『今こそ学校で憲法を語ろう』(青木書店)の出版を記念し、元自民党幹事長の野中広務さんと、憲法学者の渡辺治さんをお招きして、「憲法を語る」集会が大阪で開かれました(『今こそ学校で憲法を語ろう』制作委員会主催)。100名を超える参加があって、密度の濃いとってもいい集いでした。

1 この集会の趣旨は、「憲法を語る」と銘打っている通り、単にお二人のお話を一方通行で聞くだけでなく、参加者がお互いに自分の意見を述べ、憲法について語り合うというものでした。まずは全員が体を動かすアイスブレイキング、班分け、グループ討論から始まりました。班では自己紹介をし、それから憲法についての各自のスタンスを語り、その後お二人の「私と憲法」についてのお話を聞きました。

   【野中広務氏が語る「私と憲法」】
 野中さんは京都府の町村長の会長をしていた昭和37年、京都の戦没者の慰霊碑を立てるための候補地を視察しに、まだ本土復帰を果たしていなかった沖縄を訪れました。そこで乗ったタクシーの運転手の人が、宜野湾の市街に入りかけたところで突然車を止め、「お客さん、私の妹が死んだのは、あの桑畑です。桑畑の、あの道なんです。殺したのはアメリカ軍じゃないんです」と言って泣き崩れたのです。数十分も号泣している間、野中さんはじっと待っていたそうです。そのことを思い出したのが、以下の出来事の時だったそうです。この部分について、「ウィキペディア」から引用します。

(引用が入りますが、ここでは省略)

野中さんは慎重な方ですから、集会の席でも当時なぜそのような発言をしたのか、その政治的な背景などは何も仰いませんでした。ただ、「突然現れてきた運転手の泣き声が、私をして発言せしめたわけです」と言われたことが印象に残っています。

【渡辺治氏が語る「私と憲法」】
 次に、渡辺治さんが「私と憲法」について語ってくださいました。憲法学者であっても、自分と憲法との関わりといった個人的な経験について話す機会はなかったということで、ご本人も新鮮な気持ちでお話しされたように感じました。渡辺さんは憲法と同い年なんだそうですが、中学3年生だった1962年という年は、まだ高校への進学率が6割程度で、経済的な理由で進学できない家庭の子がまだまだたくさんいたそうです。そしてこの1962年は、自由民主党が憲法改正に向けた大きな取り組みを行った年でもあって、この年、政府の憲法調査会ができ、社会全体でも憲法の改正問題がクローズアップされたといいます。
 渡辺さんがその後入学された高校の文化祭のクラス企画で、「喫茶店をするか憲法について取り上げるか」について話し合ったそうです。社会全体が憲法について意識していたという情勢もあるのでしょう、結局憲法に関する展示になったということで、それが最初に憲法を学ぶきっかけとなりました。ただしその時は差別の禁止や平和主義を掲げる憲法と、実際の現実が乖離しているじゃないかと、憲法への不信が募ったそうです。

 (以下、近日発売の『高校生活指導』177号でお読みください)

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