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2009年3月15日 (日)

【立ち読み・「高校生活指導」180号②】第1特集「センセーのワザ」巻頭論文はコレ!

  今号の巻頭論文は奈良教育大学の岡本定男(おかもと・さだお)氏。教科研の副委員長も務めておられる方だ。

 ここ数年、年末に「おまかせHR研究会」のメンバーが奈良教育大の「特別活動の研究」非常勤講師として同大に出向いていることもあって、交友を持つことになった。

 計13回にわたる「センセーのワザ」を全部読み、岡本氏は高生研各氏の実践を「感動的揺さぶりスト」たちの実践と命名し、分析を試みられた。

 氏特有の「岡本語宝(ごほう)」炸裂の文章である。

<以下、立ち読み>

「感動的揺さぶりスト」たちへ
   「3つの仕」とは何か~「仕込み」「仕掛け」そして「仕舞い」~

                     岡本定男

一義的役割としての「感動的揺さぶりスト」

 教育は、いうまでもなく、人の一生に陰に陽に大きな影響を与える。生涯学習や「一期一会」の一過性の出会いを含め、その時間の長さと質において、学校時代の経験が、人生における突出した影響力を有するものであることは、言を待たない。不登校の社会的認知・容認が決定的に進んだ今日にあっても、「学校には行かない方が良い」とか「登校拒否・不登校は、健全かつ望ましい」といった論が、大勢を占めるということは、あり得ない。一方、事実上義務教育化した「高校教育」にあって、人生における若者期・前期青年期としての高校時代は、如何なるものとして、拵(こしら)えられることが望ましいのだろうか?

 結論的に言えば、「何者かであり得る自分に意味ある揺さぶりをかけられる時期」、それが「高校時代」と言える。そして、これを用意する(高校)教師の第一義的役割は、「感動的揺さぶりをかけること」に尽きるであろう。この感動的揺さぶりをかけられるかどうか、価値ある揺さぶりのプロであるか、それが「センセーのワザ」を論評することを任された私の基本的立場である。いわば、「感動的揺さぶりスト」(本稿での私のキーワードとなる「造語」)であり得ているか、それが、「センセーのワザ」の質を決する生命線である。

 本誌の読者は、多かれ少なかれ、そこに自身の「自負」や「一分(いちぶん)」を置く教師ばかりであろう。こうした立場から、連載「センセーのワザ」に掲載された計13回に亘る多数の実践に触れていきたい。

 以下、

「狙いは「民主的形成者としての品性と自治的能力」」
「教育における「3つの仕」とは?」
「「3つの仕」からみる「センセーのワザ」」
「「見えない仕込み」の隠しワザ」
「「仕掛け」の要諦とは?」

と続きます。以下、『高校生活指導』180号をお楽しみに。

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