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2009年3月31日 (火)

【立ち読み・「高校生活指導」180号⑤】

第2特集の冒頭は、NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長の湯浅誠さんへのインタビュー「「不器用な人」でダメですか?」。
 聞き手は、夜行バス往復で上京した、今号編集長の井沼さん。
「不器用な人」を1つのキーワードに、学校教育の役割にも言及しています。

  

 <前略>

井沼 教師にとって、「不器用な人」の話は痛いところを衝かれたと思いました。昔から、学校にも不器用な子どもはたくさんいます。教師はえてして「とにかく真面目にやって」さえいれば評価してきた。結局、それは不器用なまま世の中に送り出して来たのではないか、と。

湯浅 いや、それは昔からですよね。野宿の人たちは真面目だけど要領が悪い人たちが多くて、一般的にだらしないと言われるけど、だらしなくはないんですよ。世渡りが下手なんです。
難しいのは、その点を雇う側の方もちゃんと見ていて、教育の問題として衝いてきているんですね。コミュニケーション能力とか人間力とかが足りないと、そういうふうに向こう側からは見えているというか見られている。だから「スキルアップ」とか「人間開発」が求められるけど、「不器用さ」の問題は「だから頑張れ。スキルアップしていけ」と自己責任論的に回収されてしまっては、ますます生きづらくなるだけです。我々としては、自己責任論的なスキルアップ論に片付けられないところで「不器用さ」の問題を解決していかなければいけないと思っています。それが、私と河添さんの共通了解です。
「もやい」のサロンに来る人も、首都圏青年ユニオンの組合員の人も「不器用な人」がたくさんいます。でも、その「不器用さ」を問い詰められない場所をつくる。「不器用だから」と言って、まっさきに理由もなく解雇されるというのはおかしいじゃないかと、ガードする。あるいは「不器用だから」と言って生活保護を受けられないってのはおかしいじゃないかと、ガードする。最低限の権利保障をするというのが、我々の「不器用さ」に対する1つの処方箋です。
権利保障の運動と当事者のつながりの中で、生活の保障と人間関係を作っていく。それは、おそらく我々のような本当の底辺レベルだけの問題ではなくなってきたと思います。

井沼 学校の教師の世界もそうです。「指導力」不足教員という形で、「不器用な人」が槍玉に挙げられる。人間的にはいい人なんだけど、どこか抜けていたり他人と合わせられない人は「仕事できへん。怠けてる」と追いつめられてしまう。
 ただ、かつては「不器用」というのは、体制に対しても自分をちゃんと出していけるみたいな誉め言葉でもあった。それが、いつの間にか「不器用」は悪だと変わったんでしょう?

  

                                     (以下、続きます)

  

 大阪編集の『高校生活指導』180号。書店にない場合は青木書店に問い合わせるか、大阪高生研(左記)にメールを。

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