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2009年4月11日 (土)

ココロは夏の大阪。全国大会魅力100連発4 全体会・本田由紀さんにお願いした!(下)

(下記記事より続きます)

 本田由紀さんには「全体会シンポジウム案」(3案)の末尾に、全体会構想担当・井沼さんの「全体会で本田さんをお招きしたい理由」をそのまま送って見ていただきました。

 
「この間、湯浅さん、河添さんとお二人の編著による『「生きづらさ」の臨界』(旬報社)をベースにやりとりさせてもらってきたのですが、そのなかで本田さんの主張がこれからの中等教育の在り方を考える大きな示唆を与えるものであることを認識しました。

 
たとえば、本田さんは『進学エリートの中にも、ある種の「不器用さ」を持った人がいる。上位の社会階層においても「不器用な」子たちを育ててしまう社会環境が日本にはある。背景のひとつには、日本の学校教育というものが…むしろ、その抑圧性はかつてよりも強く…』『高校までをうまく切り抜けるためには、…「器用さ」とは別のふるまい方、つまりある種の自動機械に徹するようなふるまい方によって、高校を出るまでは「真面目ないい子」…』『「スクールカースト」と呼ばれるような、「器用さ」に関する序列づけは、…「器用/不器用」の格差を増幅するように働く』(p36)などの指摘を通じ、これまでの学校自体が持つ病理に言及されています。

  そして、「(河添さんが提起するような)抵抗だけでは個人はつぶれてしまう。抵抗とは逆のベクトルである、適応の可能性を奪ってはならない」として、専門性=部分的限定的な「器用さ」を育てる学校教育の必要性を論じておられます。そして、その具体的な提案が、「若者の仕事の現状と教育の課題」(高校生活指導178・179号)のお話だと思います。

 
私たちは、現場教師として、本田さんの提起する「適応の可能性」を育てる学校とはどのような学校なのか、を引き取って考えたいと思います。もちろん本田さんの考える「適応の可能性」は、雇用側の望むような人間像への適応というような狭い意味ではなく、激変する社会につぶされない、まっとうな社会のほうへすすめるための能力と言うことだと思います。

 
私たちはこれまでも民主的人間形成を追求する集団づくりを実践研究してきましたが、集団が解体され、強迫的な自己責任論の下で砂粒化するかのような若者の生きがたさを目の当たりにして、あらためて彼らを守るブロック社会(中間社会)をつくる集団性とそれと対をなすであろう個人的な適応能力のありかたを議論する必要があると考えています。

 
このような議論の出発点にあたり、本田さんに、「構造改革」下の10年、子ども・若者たち(現在の20~30歳代)が、どのような困難を引き受けさせられてきたかを整理しつつ、本田さんの考える「適応の可能性」を育てる中等教育への提言を論争的に行っていただけたらと考えています」

 

「だめもと」を合いコトバにすすめた依頼でしたが、本田さんからはすぐにお返事(いくつかの質問)をいただき、その後のやりとりを経て、「それではお引き受けしたいと思います」
とのことばをいただきました。
 
本田由紀さん、お待ちしています。
 

(左記「2009大阪大会」のカテゴリーで、大会情報を一括で見ることができま
す)

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