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2009年10月の投稿

2009年10月31日 (土)

【立ち読み】『スキマ時間』にコミュニケーションゲーム(下)

【26発目】ちょっと高度?なコミュニケーションゲーム  (30分)

「ありゃあ、文化祭の反省LHRが30分も時間あまっちゃったなあ。反省することもないくらいに盛り上がったもんなあ。そしたらまたまたゲームでもやろうか。 
 よし、また2人組になって。ウォーミングアップや。イスに座ったままでいいよ。
 お互いに向かい合って握手してごらん。では、次に、握手した手を少しゆるめて、手のひらの間隔を少しだけあけてごらん。」

 
「次に、2人の間でタコとタヌキを決めて。どちらかの人がタコで、もう一方がタヌキ。決めた?」

 
「では、先生が『タコ』と言ったらタコの人は、相手の手を握る。タヌキの人は捕まらないように手をさっと引く。『タヌキ』と言ったら、その逆。単純なゲーム」

 
「ではいきます。タ、タ、タ、タ、タヌキ!!」
「タ、タ、タ、タ、タコ!!」

 
「次はちょっとスリリングなゲームいこうか。また2人組になって。今度は左手で握手。次にじゃんけんをして、勝った人は、握手している相手の手の甲をそのまま叩きにいく。負けた方は、右手で手の甲をかばってやる。軽くやってね。本気でやると痛いよ……。そしたら、よーい、ドン!」

 
「じゃ、次はちょっと高度なコミュニケーションゲームやでえ。言葉を使わないコ
ミュニケーションゲーム。では、掃除の班で一度集まってごらん。」
「さて、今から、その班の中で声を出さずに、誕生日の順に並んでもらいますよ。いいですか。これぐれも声を出さないように。それから指で文字をつくるのも禁止ですよ。声を出さずに何とか互いにコミュニケーションを工夫して、先頭を1月1日、ラストは12月31日まで、誕生日の順に並んでください。一番早くできた班には、素敵な賞品があるよ……さあ、ヨーイ始め!」

 ちょっとしたスキマ時間。こんなゲームをやってみるのもまた一興。

(『月刊HR』11月号発売中。おまかせHR研究会の連載「スキマ時間の小ネタ100連発」今号の担当 首藤広道)

2009年10月29日 (木)

早蕨10月号、いかがですか

秋らしくなってきました。早蕨10月号、みなさんのお手元に届いたでしょうか。
今度の早蕨、いつもとなんだか違うと思いませんか?文化祭で動けない僕に代わって、企画編集からすべて若手の明石さんがやっています。書き手も20代30代がはんぶんを占めました。


一読、僕はこんな感想を持ちました。
「今日はお疲れさまでした。
マクドでコーヒー飲みながら、早蕨じっくり読みました。若手の活動や文章が多くて明るいトーンでいいね。配列も、そのトーンを活かしたカタチで読ませます。若手の文章が少し違ってきたような気が。山崎さんが言ってた「高生研は失敗できるところ」という落ち着き方がじわっと出てる気がしました。若手が自分たちの世代の発信の武器を持ってもいいいと思う。そろそろ。と思うのは僕だけ???」


みなさんの感想、心からお待ちしています。明石さんもきっと。


                                                          井沼淳一郎

2009年10月21日 (水)

【立ち読み】『スキマ時間』にコミュニケーションゲーム(中)

【25発目】みんなでタイムレースにチャレンジ!! (20分)

 「また、時間が余ってしまったなあ。またゲームしようかな……。今度はタイムレースに挑戦しよう。
 えーっと、ちょうど男女の人数は半々やね。そしたら男子と女子に分かれて輪になって。そうそう机をどけて、円になる。教室で2つ円ができるかなあ……。 円になったら、両隣の人と手をつないでください。輪っかになりましたね。そうしたら、男子チームは青木くんがスタート。女子チーム石田さんがスタートね。 青木くんが石川くんと握っている右手を握る。石川くんは、左手を青木くんに握られたらすぐに右手の上田くんの手を握る。そうやって、左手から右手へ順番に手を握っていく。そして最後の和田くんが青木くんの左手を握ったときに、青木くんは「はい」と右手をあげる。
 女子もわかった? 同じ要領やで。
 そうして、男子と女子でどちらが早く信号を伝えられるかというゲーム。」

 
「では、いくよ。用意はいいですか? ではヨーイドン!!」

 
 (2回戦やってみる)
「ようし、今度は同じ要領でタイムレースに挑戦しよう。誰か、ストップウォッチ付き時計もってない?」
「では、今度は男女交互に輪になろう。クラス全員で、大きな輪ができたねえ。スタートは青木くんでいいかな。では、まず1回目。ヨーイドン!」
「それでは、2回目いきます。1回目よりも早くなるか遅くなるか……さあ、ヨイ、ドン!!」
 

   (つづく。『月刊HR』11月号発売中。おまかせHR研究会の連載「スキマ時間の小ネタ100連発」今号の担当 首藤広道)

2009年10月18日 (日)

【立ち読み】『スキマ時間』にコミュニケーションゲーム(上)

『スキマ時間』に、クラスのコミュニケーションが深まるゲームはどう?(上)

 「LHRが思ったより早く終わってしまった!? どないしよう」っていうのはよくあること。時には授業も早く終わったりして……。そんな時、何も使わなくてもできる簡単なゲームでもしてみませんか。クラスに笑顔がこぼれ、コミュニケーションも深まります。ちょっとしたスキマ時間にオススメのいくつかを、実況中継。

 【24発目】“相性チェック”ゲーム
            (10分)
「はい、そしたらちょっと時間が余ってしまいましたね。最近、クラスの様子はどうですか? ちょっとだれ気味かな?ところで、このクラスになってもうずいぶん経ったけど、みんな仲良くなったかな? どう? もうすぐ文化祭やし。文化祭にはまとまりが大事やもんな。まとまってきたかなあ?

 
 みんな隣の人の顔をちょっと見てごらん。じっと見つめてごらん。隣はどんな人なんだろう。ちょっと向かい合ってみようか・・・。そんなに嫌がらんと、向かい合ってみて」
「このクラス、どれだけ仲良くなったか、ちょっと占ってみようかな。まずは隣の人同士で、2人がどれだけ気が合うようになったかテストしてみない?

 
 では、向かい合ったら目をつぶって握手して。相手のぬくもりを感じますか? では、今から握手している相手の手を1回か2回か3回か、握ってもらいます。今から相手にわからないように黙って1回,2回,3回のうちの好きな回数を選んでください。そして、先生が『せーのーでえ、ハイ』と言ったら、その思い浮かべた回数だけ、今握手している相手の手を握ってあげてください。相手と同じ数字を思い浮かべたら気があっている証拠やでえ……。さあ、1回,2回,3回……決めましたか?

  
 さあ、せーのーでえ、ハイ!」

 
(もう一度繰り返す。2回ともあたれば大いに褒めてあげよう)

 
「なんや、気の合うコンビは少ないなあ、このクラス、仲悪いんかなあ……。ま、ええわ。気の合う人をどんどん増やせる、盛り上がりのある文化祭にしような!!」

  (つづく。『月刊HR』11月号発売中。おまかせHR研究会の連載「スキマ時間の小ネタ100連発」今号の担当 首藤広道)

2009年10月14日 (水)

千代田の文化祭に行ってきました(下)

(下記記事のつづきです)

展示とともに上映していたビデオはオリジナル。そこに登場して自分の生きづらさを具体的に語れるクラスの生徒たちに驚きました。(1年生ですよ!)
 展示の案内をしてくれた3人の生徒たちに思わず質問。

 
 「たった6ヶ月でなぜクラスをそこまで信じられたの?」と。

  3人の生徒は、1人ひとり自分の言葉を選びながらしっかりと応えてくれました。想定した答を用意して答えるのではなくて、まさしく対話的でした。
 「中学の時より、(千代田の)今が、ほんとにラクに生きられる。思ったことが言える」といっっていたのが印象的でしたね。

 
 もちろんクラスの生徒全員がそんな心境に到達しているわけではないでしょう。自分の言葉を手にした生徒のすごさに感動しながら、
 「結論を急がないで。答のわからないもやもやの中にいるのはつらいけど、簡単に答を見つけてしまうより、3年間かけて成長してほしい」というような言葉を感想に書かせてもらいました。 
 「生きづらさ」を考えるとき、学校の競争主義はある意味わかりやすいですが、家族のミクロポリティクスを解きほぐすのは並大抵じゃないと思います。だから「いまはまだわからない」というありのままの気持ちなら、そのままで大切にしてほしいと思ったので。

 
 でも、よかったなー。高校生の可能性を素直に信じたくなれた半日でした。彼のクラスだけでなく、千代田高校は、生徒会が先頭になって「学ぶ文化祭」を創造していきます。「文化祭で学習?生徒は本当にやりたくてやってるの?」と思うかもしれません。そんな私たちの常識を覆すような文化祭でした。

 
                       (おわり。井沼淳一郎)

2009年10月11日 (日)

千代田の文化祭に行ってきました(上)

 夏の大会、「反貧困の文化祭」実践で多くの参加者を感動させてくれた千代田高校文化祭。
 秋晴れのさわやかな1日、若者4人とおっさん2人で行ってきました。

  教研のレポートなどでは、たびたび千代田の実践にふれてきましたが、文化祭に実際行ってみたのは初めてでした。あの模造紙の量と冊子の分厚さに、正直、気後れしていたのです。「きっと固くて真面目で居心地悪いだろう」と。

 
 今回、行ってみて、展示のおもしろさに引き込まれました。読ませる引き込む力を持った展示がいくつも。「児童労働」「1リットルの涙」「食卓の裏側」に引き込まれました。「食卓の裏側」の冊子は一気に読んでしまった。どのクラスも、自分の毎日と引き寄せて対話しているところがよかったのだと思います。

  さて、S先生のクラス。 昨年の彼の「反貧困…」実践は、時流にマッチしてさまざまな取材が殺到して有名になりましたが、今年は、「生きづらさ~現代社会を生きる私たち~というタイトルです。
 「学校、社会がこどもたちの生きづらさの根源にあるのではないかという問題意識で取り組んでいます。雨宮かりんの「生き地獄天国」を題材に生きづらさを語り合いました。」(S先生からのメールより)
 どこまでも生徒に寄り添って考えようとするS先生らしい展開だと思います。

  展示とともに上映していたビデオはオリジナル。そこに登場して自分の生きづらさを具体的に語れるクラスの生徒たちに驚きました。(1年生ですよ!)
 展示の案内をしてくれた3人の生徒たちに思わず質問。
 「たった6ヶ月でなぜクラスをそこまで信じられたの?」

                           (つづく。井沼淳一郎)

2009年10月 8日 (木)

初体験「おまかせHR研究会」“行商”報告

岸田です。
「おまかせHR研究会」の“行商”デビューの報告をさせてください。

今日(※10月4日)は、三重県の北勢支部教研の分科会のうちひとつを「おまかせHR研究会」にご依頼いただき、「おまかせHR研究会」代表中村さん、幹事長西村さんとご一緒させていただきました。
私は学生さん対象は経験あるものの、大人の方対象は初体験でして、「おまかせ”研修生”」ということで行ってまいりました。

25名の高校教員の方々の参加で、つかみは中村さんの四日市ビンゴ。
前日、中村さんが難渋してひねりだした「四日市と言えば…」でしたが、参加者は四日市の方ばかりではなく、まず9マス埋めていただくのもなかなかでした。
「カンニングOK」としたことで、コの字型&二重に座っておられた参加者どうしが少し打ち解けはりました。
続いて西村さん主導で、「じゃんけん」「後出しじゃんけん」「二人組指キャッチ」「全員で輪になって指キャッチ」をし、合間合間に、中村さんが「これはこんなとき使えます」などのコメントをされました。

そして、岸田のデビューは「バースデー」。
今朝西村さんに教えていただいたばかりで、ちょっと緊張しましたが、ベテランもお若い方も入り混じり、盛り上がりました。
ここでも中村さんが「これはまず失敗ないゲームだったんですけど、「困難校」と呼ばれるところでは途中で止まってしまったこともあり…」とか「40人いても、誰の誕生日もない月があったり、それにゲームの最中気付いたときの裏ワザは…」と、決して、オモロイことが得意な特別な教師だけのできるもの、成功例を披露しているわけではないんだということを、さりげなく伝えていかはるのがお上手で、勉強になりました。
「おまかせ」が特許をとっているわけでもないし、誰でもできるし、アレンジも自由にしてください。失敗もあり!と、等身大といいますか、講師が立派、参加者が下目線ではなく、同じ立場で私たちも日々悩みながらやってるんですよ~のアピール。
さすがでした!

そして、「ストップモーション あなたならどうする?」へ。
参加者の希望がもっとも多かった「授業崩壊」になりました。
皆似たような経験があり、話し合いでは「うちのクラスにはA子が5人くらいおるわ」「いや、うちのクラスには…」と、悩みを次々に打ち明けあう班や、「こういうのは一人で抱えたらあかん」「生徒には一人ずつ面談したほうがいいな、グループで呼んでもあかんのよ」「親には都合よく言ってる場合があるし、親にも電話したり、場合によっては行ったりせんならん」「そういうことは自分の授業でだけ起こってると思ってしまうけど、たいがい他の教科でも起こってるもんや」「クラブ顧問や保健室や教育相談など、学年・学校全体で情報共有して方針ぶれずに…」など、はからずも会場には「疑似学年職員室」が四つできたかのようでした。
発表の順番は西村さんが各班をまわりながら決めはりましたが、これがまた神様が味方したかのような上手い流れの発表&ロールプレイとなりました。

本の売り上げも上々で、二冊買われた方も多く、特に「職員室の裏ワザ」を手にされた中堅の方々が、お開きのあとも会場の教室に残って、「自分の授業がうまくいってないって言えないよね…」「逆の立場でも聞き出しづらいしね」と、”分科会二次会”をやっておられました。
「授業崩壊」に答えはないけれど、「一人で抱え込まない・抱えないように気を配ること」など、私もあらためて職場に持ち帰りたいなと感じました。

初対面なのに、大人が班になって一緒に何かをやるっていうのはテレもあるし、素になるのは勤務校ではなかなか難しいものかもしれなくて、こういう非日常で解放されるというのは意外にいいものだとも思いました。
また「おまかせ行商」ベテランの西村さん、中村さんの目と気の配りようが、さりげないのにすごくて、机間巡視一つをとっても大変ためになりました。
さらに、中村さんの名言「大阪高生研と『おまかせ』は境目のない遠近両用眼鏡のような関係」というのも、私は今日実際に体験できました。
私自身、数年前には京都での近ブロだったかで「おまかせ」の一参加者でしたが、今日は行商に行かせてもらい楽しい半日となりました。
その証拠に今夜は「サザエさん症候群」なしです(笑)

岸田康子

2009年10月 5日 (月)

「働きたいのに仕事がない!」集会見聞記

 みなさん、こんばんは。長野仁志です。昨日4日(日)は子どもの小学校の運動会の予定でしたが未明までの雨で残念ながら順延。時間が空いたので、湯浅誠さんから紹介いただいた、生活保護問題対策全国会議・大阪集会・「働きたいのに仕事がない!~急増する生活保護。今こそ「寄り添う支援」を~」にでかけてきました。130人の参加ということで会場は満員の盛況ぶりでした。

 私の関心は、生活保護の理念や現状を学ぶことと、生活保護の現場のケースワーカーの人たちの「寄り添う支援」とはどんなものかということでした。まず、当事者の声ということで3組の方が登壇されてお話しされました。24歳の青年は父のDVで両親が離婚。お母さんが病気で17歳で死別。高校中退ですが、なんとか仕事もしていたのに不況でたちゆかなくなり、再び生活保護に。「資格や技能を身につけたい」「俺もがんばれる、と思える居場所がほしい」と訴えられていたのが心に残っています。

 3時間半の充実した中身だったのですが、後半のシンポジウムのケースワーカーの方の発言は考えさせられました。就労支援においては、当事者の目標は一人一人ちがって、道程も違う。「自分で決めていいんだ」というメッセージと、信頼と尊敬に基づく接遇。また、いきなり8時間の就労などはできるはずもなく、ステップバイステップで少しずつ慣らしていくこと、必ず失敗するからもとにもどってもう一度一緒に考え直すこと。また、生活保護を受けている方は、就労支援だけではなく、日常の生活支援や精神面での支援が必要であること・・・。ケースワーカーにはそうした状況のアセスメントや相談・援助のスキルが必要・・・というお話でした。

 私の学校は1年生の半分以上が、2年後3年後に学校を去っていきます。生活保護世帯の生徒も相当数います。生活保護まではいかないけど貧困家庭であるという生徒が多い現状です。そんな私の学校では、大会の「教育と労働と福祉をむすぶ」というテーマが、やはり大きな課題であると改めて思いましたし、教員にはケースワーカーの「寄り添う支援」の要素も必要なのではないかと思いました。高校はどうしても適格主義とい自己責任による排除の論理が幅をきかせる世界です。当たり前のことかもしれませんが、生徒への生活支援とか就労支援さらに基礎学力やエンプロイアビリティの育成とか、全部ひっくるめたセットの課題であると思った次第です。それにしては、教員のスキルだけでは対応できないなあというのも正直なところです。

 今度、高生研で機会をつくってケースワーカーのお話をじっくり聞きたいものだと思いました。

 ご紹介ですが、会場で大阪弁護士会のチラシをもらいました。貧困問題連続市民講座(全13講座)をやってるそうで、11月13日(金)18:30~20:30の第4講は「子どもの貧困」阿部彩さん(『子どもの貧困』岩波新書著者)です。場所は大阪弁護士会館 行ってみようと
思っています。
講座詳細は大阪弁護士会HPへ。http://www.osakaben.or.jp/web/event/2009/091015.pdf

2009年10月 4日 (日)

【立ち読み・「高校生活指導」182号③】 ひとりで「溜め」こむのか? 共同の「溜め」をつくるのか?(下)

(今号・第1特集は「「溜め」をつくる」。下記記事のつづきです)

<以下>

ひとりで「溜め」こむのか?共同の「溜め」をつくるのか?
               大阪高生研 井沼淳一郎

「溜め」という言葉をどう理解するか

 編集委員会から示された本特集の趣旨のなかでは、湯浅誠が用いる「溜め」について、つぎのような説明がなされていた。

「湯浅誠氏は『溜め』という言葉を用い、現代の貧困の深刻さを表しています。『溜め』には、金銭的な『溜め』、人間関係の『溜め』、精神的な『溜め』があり、金銭的な『溜め』があれば、解雇されても次の就職先を探す時間を稼げるし、家族や友人のような人間関係の『溜め』があれば、次の職を得るまでそれに依存もでき、精神的な『溜め』があれば、不遇を耐えることができる、というのです。いまの貧困はそれらの「溜め」が総合的に失われ、奪われて、貧困状態に陥っていると。(後略)」

 
 たしかに湯浅は、「溜め」=人ががんばれる条件について、そのように述べている。「溜め」という概念をつくることで、「死ぬ気で努力すれば何とかなるはず」的な自己責任論の無責任さを打ち破り、人々の持つ条件の違いを明らかにしていくことは、実践的に大切である。

 ただし、「溜め」を上記のようにいくつかの要素に還元して理解してしまうとき、「溜め」を<個人的に獲得すべきスキル>に矮小化してしまう危険性も生まれてくる。そのことで「溜め」を奪ってきた社会構造自体が問われなくなってしまうなら、それは新たな自己責任論に繋がれることを意味するだろう。

 湯浅が「溜め」という言葉を用いだした背景には、「貧困を見る、可視化するとは、同時に目に見えないその人の境遇や条件(“溜め”)を見る、見るように努力するということが不可欠」という認識がある。貧困を要素に分けることが重要なのではなくて、貧困を個人と社会のダイナミズムとして可視化することが第一義なのである。「社会構造と、社会構造が本人にもたらす精神状態の両面を理解する必要がある。その両者を括る言葉として、わたしは“溜め”という言葉をつくった」と彼が述べているのはそういうことだろう。

 

自己責任論批判から市民的責任の担い手へ

同時に、私たちは、「溜め」を奪う社会構造(構造的暴力)を明らかにし、「自己責任論」や「はんぶん自己責任論」を指弾するだけで終わることはできないだろう。社会に問題があるならではどう変えていくのかという市民的責任が課題としてせり上がってくる。学校に引き寄せていえば、生徒に共感し同情するだけでは事態は変わらないし、市民的責任を提起しない実践は、いつまでも高校生をしゃんとさせられないのである。

 

(以下略。井沼さんの実践・授業「アルバイトの契約書をもらってみる」を例にあげての論考が続きます。『高校生活指導』182号(秋号)発売中。大阪高生研会員メンバーの原稿を抜粋しながら掲載しています)

2009年10月 3日 (土)

【立ち読み・「高校生活指導」182号②】 ひとりで「溜め」こむのか? 共同の「溜め」をつくるのか?(上)

(今号・第1特集は「「溜め」をつくる」。湯浅誠さんが提起される「溜め」について、大阪からは井沼さんが寄稿しています)

 

<以下>

 

ひとりで「溜め」こむのか?共同の「溜め」をつくるのか?
               大阪高生研 井沼淳一郎

 

高校教師は「貧困」問題にニブイ??

「構造改革」=新自由主義政策の強行展開は、「格差」から「貧困」へ、その政治的対決点を鮮明にしてきた。その中で生まれた「反貧困」運動は、今の政治に対するもっとも象徴的なアンチ・テーゼである。

だが、高校教師の反応は鈍い。

ひとつには、高校のシステムがそもそも「ダメな者(基準に届かない者)は切る」的につくられていることにあるのだろう。個人が抱えるさまざまな問題を貧困の問題として捉えることもなく、生徒が消えていく(退学)のである。

いまひとつは、教師の捉え方として1人ひとりの子どもの貧困は見えていても、個人的な問題としてケアするだけで終わってしまう場合である。そのため、たとえ「自己責任論」に疑問を抱く教師であっても、「かわいそうだけど本人の弱さもある(努力も足りない)のでは?」という『貧困ははんぶん自己責任』というイデオロギーに飲み込まれてしまうのである。

このような生徒をどう捉えるかという問題について、私は、湯浅誠のいう五重の排除と“溜め”を手がかりに、生徒を捉え直してみることを提起してきた。

(つづく。『高校生活指導』182号(秋号)発売中。大阪高生研会員メンバーの原稿を抜粋しながら掲載します)

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