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2010年8月25日 (水)

北海道大会に感謝(報告4)

 庄井さんは、フィンランドで出会った少女の話をされました。その彼女が「・・高校で人生について学んだ。自分はソーシャルパーソンで、それはこれからも世界と自分について学びながら成長すると思うから。環境や政治、人権、自然の問題が私にとってどういう意味があるか、わたしにとって社会はどういう意味があるか、社会で自分が生きるとは、生かされるとはどういうことか、そのために解決しなければならない問題は何か、自分ができることは何か・・を考えている。」と語ったそうで、その彼女に「貿易の不均衡についてどう思うか」と質問され、自分と世界をつなげる教養の質について考えさせられたということです。そして、彼女が「自分は、今の自分を過去の自分と比べて評価するようにしている。まったく違う人間を比べるのは愚かしい。」と述べたと紹介されました。この評価について、フィンランドでは「その子だけに責任があるのではなく、苦手なところは先生と一緒にがんばろう。時間をかければ大丈夫。」という姿勢で、評価を受ける側も安心できると言います。フィンランドの先生にとって評価とは「トレランス(寛容)とエンカーレジメント(励まし)」であるということでした。そういう評価の中で育った高校生たちが自己と社会のかかわりについて考えられるようになっている。そこに考えさせられたと庄井さんはまとめられています。

 こうして、庄井さんは「自分で、自分の心と身体と相談することも、自分の正直な感情と向き合うこともできないまま、強く、明るく、元気に、前向きな自分を、演技しつづけるしかないとしたら、それは、誰のための幸福なのか」と生活指導にあたる教員として考えなければならないとあらためて指摘されます。その子が困った時こそ、「なんでそんなことで困るのだ」という指導ではなく、援助者としてとなりにそっと居て、その子が困ったときこそ、強権的な善意ではく、ほどよい距離を保ちながら、その子に対して何ができるかを確かめながら接していくことが大切なのだと強調されていました。

 次に庄井さんは、今、教師や援助者どうしが連帯することが難しくなっていること、同僚のヘルプメッセージをどう聴き取るのかが教育実践の課題として必要であると言います。それは、生徒の集団づくり実践にも関係することで、その中では「素直に感じることへの罪悪感を抱かせないこと」がとても大切であると指摘します。これは、いわゆる相手を「受容」するという問題で、独立した人格として相手の感じていることを尊重し、自分の感覚とも互いにすりあわせていくことだと言います。

 まとめにかかって、庄井さんは、「・・・安心して聴きとりあう、抱え込まないで、互いの弱さをいとおしみながら共に絆をつくっていってコミュニティを形成していく・・・それが、戦前戦後から続く仲間づくり集団づくりを支えてきた底流を流れた思想ではないか、困った時はお互い様、支え合おう、一人で抱え込まないで教師集団や地域もふくめて解決していこうじゃないか、そういうのを考えてきたのが生活指導ではないか」と述べています。そして、集団づくりの三層構造として、アジェンダスーキングコミュニティ(次は何をやろうかという課題追求のコミュニティ:生徒を大きく成長させる何かを成し遂げていくコミュニティ)・プロブレムソルビングコミュニティ(困った時には一人で抱え込まないで相談しあえるコミュニティ)・ナラティブコミュニティ(自分の言葉で心と身体で感じたことを話し合い、物語をつくっていくコミュニティ)というモデルを提起されました。

 そして最後に、「まちがわない完璧な人間であるよりも、抱え込まない人間、相談する勇気のある人間、ゆるしあいながら他者とともに成長し続ける人間、そういう人間が生かされる新しい福祉国家像をイメージしながら、矛盾が激しい中で、教師が自分は一人ではないと思い、そういう仲間をこの研究会でもはぐくんでいただきたい。」とエールを送っていただきました。

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