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2010年9月25日 (土)

【立ち読み】高校生活指導186号は大阪報告満載② 二十年目にしてふりかえる私の授業

二十年目にしてふりかえる私の授業

15歳から18歳といえば、最も多感で、伸び盛りの時期である。その貴重な時期に毎週2時間ずつ、「しゃべるな!化粧するな!携帯いじるな!話を聞け!」と強制するのだから、「ためになること」を話してやらなければならないという気持ちはずっと持っている。もちろん、心がけ程度のもので、大した授業ができているわけではないのだが。

さて、こんな私の授業のなかに、「多様な人間関係をつくり、深化させる」ような部分はあるのだろうか。生徒同士の交流が生まれたかもしれない場面があったかなと、無理やり探してみた。

(中略)

私は、「授業は授業、HRや生徒会やクラブ活動はそっちの活動」と分けた方が効率的だと思っている。班学習をすることで、人間関係の作り方や社会とのつながり方を身に付けさせるとかは、まあ、結果的にそうなるのだろうが、それを授業のもう一つの目的にしようとは思っていない。授業時間はあくまでも知識を身につけさせることが主で、「生活指導」――まだ理解できたかどうか不安な言葉だが――は従というか、手段に過ぎない。

そんな私だが、先日、班学習に取り組まれている先生の授業を拝見して、「生徒同士で教えあうと早く理解する」ということを目の当たりにした。それ以来、いつか班学習に取り組みたいと思うようになった。それは、「生徒と私の問答で勉強させる」スタイルとは全く違っていた。偶然生まれる不規則発言を利用して授業をするのでなく、生徒が発言し、生徒と生徒の問答によって勉強する仕組みを作ることができれば、私なりの「授業における生活指導」になるのではないかと思っている

 (第1特集「授業と生活指導」。原田香代子『高校生活指導』186号所収)

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