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2011年4月11日 (月)

【立ち読み】高校生活指導188号② 私が「ぴらいち」にはまったワケ

(188号は大阪高生研責任編集。第2特集は「ぴらっと1枚実践さがし」)

 私が「ぴらいち」にはまったワケ

私が初めて「ぴらいち」を経験したのは、教員に採用されたての初任者の時でした。もう五年前のことです。同僚の若手教員に誘われて、怖々に参加したことを覚えています。次に記す内容は、当時の「ぴらいち」の内容ではありません。初任として勤め始めるまでの私と、勤め始めたあとの私とを紹介しながら、「ぴらいち」の良さを語ってみたいと思います。

私は、大学(学部)を六年かけて卒業し、卒業後は一年間派遣で通訳や家庭教師の仕事に就きながら、教員採用試験の勉強をしていました。講師の経験はありません。高校の教員になりたいと思ったのは、英語を通して勉強が苦手という生徒の意識を克服させたいという思いから、そして、学校に来れば何とかなる、と生徒が安心感を覚えるような教員でありたいとの思いから、さらに、私の思いを察し励ましてくれた恩師に出会ったことから、今度は自分がこれからの高校生にできることをしてやりたい、と思ったからです。今もその気持ちは変わっていませんが、初任の頃の私はさらにそれらの気持ちを「忠実に」行動にも表さなければならない、そのためには「教師らしく」と躍起になっていました。

 教員に採用されて最初に心が折れてしまった出来事は、携帯電話の指導です。学年会で「授業中の携帯電話は取り上げてください」という申し合わせがなされました。程なくして、私が当時副担任をしていたクラスでの授業中に、携帯電話を触っている生徒を見つけてしまったのです。私はその生徒の元に近づき、「携帯を出しなさい、預かります」と言いました。その生徒は、「いやや」。(私)「出しなさい」―(生徒)「何で出さなあかんねん」―(私)「授業中に携帯はあかんのや」―生徒は何も言わずに携帯を触り続けました。私は力ずくででも解決したくて、どうしても携帯を出せないのなら教室から出て行きなさい、とその生徒に告げました。結局、その生徒は教室から出て行きました。授業のあと担任の先生に、携帯電話の使用を注意した生徒が、携帯預かりを拒み、教室から出て行った事情を話しました。私は、学年方針の通りに指導できず申し訳ない、と思っていました。しかしその先生は私にこう言いました。
「今度からは、どこに行くべきか、生徒に指示してやってくださいね。」

こうして文字にすると、とても穏やかなやり取りに見えます。しかし、私にとってこのやり取りは、自分の不甲斐なさに気付いた出来事であり、教員になって初めて泣いてしまった出来事です(この出来事のあった日は、学校のLL教室でしばらく引きこもっていました)。

 「ぴらいち」の魅力と、この出来事は似ているように感じています。自分では正しいと思っていたことや、間違っていると思い込んでいたことが、近くの同僚に話すことで意外な展開を見せることがあることを実感しました。先に記した私の経験で、当時担任の先生は私に、どうして携帯を取り上げなかったのか、と責めることはありませんでした。それは、携帯を取り上げることが目的ではなく、その生徒を授業に集中させる為に指導しているのだということを暗に教えてくれました。また、その先生の言葉から、生徒を出て行かせるにしても生徒はどこへ行くべきかわからないのだ、と気づきハッと思いました。その生徒は私に追い出されてどこにいたのだろう、誰と携帯でメールをしていたのだろう、乱暴な言い方をされてどう思っただろう、などと、授業での一件が起こった時点には考えも及ばなかった事で頭がいっぱいになりました。

 「ぴらいち」での役割は全員に回ってきます。自らの経験から【ほめ】ても良いし、報告者の気付いていない点を指摘して【けなす】も良し。これが正しいという答えはないけれど、より良い答えが導ける鍵は、【聞き込み】にかかっています。報告の文字だけで読み取れない部分を、少人数でじっくり聞き込むこと、これが「ぴらいち」の基本であり、参加者の元気のモトになっている。(M)

(第2特集「ぴらっと一枚実践さがし」。購読希望の方は左記へメールを)

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