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2011年11月13日 (日)

【立ち読み】「月刊生徒指導」11月号 特集:ゼロからの規範意識

若手・山野さんの「生徒のしかり方」。
失敗例もふまえた提言です。

(前略)

「先生は俺のこと犯人と思ってるやろ?みんなも疑っているし、みんな俺のこと犯人って言うてる」とすごい剣幕でまくし立てたのであった。事情がわからない私は、「誰もCくんが犯人とは言っていない」と説明してもとりつく島もなく、Cくんの怒りは収まらず後味の悪い結果になってしまった。

何が悪かったのか?

どちらのケースにも言えることだが、教師は生徒の言葉―思い―を受け取る意志が見られないといえる。例えばAくんの場合は、校則に照らし合わせて彼を裁ことに必死になり、「なぜ遅刻をしたのか」というAくんの事情を無視してしまっていること。それは、「ここで例外を許すと、周囲に示しがつかない」という教師の考えがあるからだろう。確かに、一人を許すとタガが外れてしまう可能性はある。そして、全体への示しを優先した結果がゼロ・トレランス的―寛容なき厳罰主義―な対応となってしまい、Aくんとトラブルを起こしてしまったのである。
 また、Cくんの場合は、教科書を捨てられたBくんの思いを汲み取ろうと思うがあまり、不用意な全体への投げかけがかえってCくんの意固地な態度を生んでしまったという結果を生んでしまった。教師は「犯人捜し」のつもりがなくとも、Cくんにとっては「犯人はお前」だと言われているのも同じであり、Cくんが教師に怒りをぶつけたのも、「事情も聞かずに俺を悪者にするのはなぜだ!!」という異議申し立てをしたかったのかもしれない。こうなってしまうとCくんは何が何でも自分が犯人と申し出ることはできない。
 確かに、どちらのケースも教師は悪いこと―「遅刻をする」ことや「他人のものをゴミ箱に捨てる」こと―を悪いと生徒に示してはいる。しかし、それはあくまで全体の規律維持のためであって、そのやりとりを経て当事者にどのような内省を促し、成長を求めているのかは提示できていない。いいかえると、当事者はそこに不在のまま教師の一方的な規律(ルール)の提示でしかないのである。

(山野賢治。以下略。学事出版「月刊生徒指導11月号」 特集:ゼロからの規範意識)

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