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2011年11月 1日 (火)

高校生にきかにゃあ!

30日の「教育基本条例を考える」シンポに参加してくれた高校生・Aくんからさっそくメールをいただきました。

 許可得たので、全文掲載します。

<以下>


おはようございます。
昨日は、とても素晴らしいシンポジウムに参加させていただきありがとうございました。

まさか、こんなに難しい内容だと思わず、全く勉強せずに参加してしまい、自分が恥ずかしくなりました。

そんな状態で参加したのですが、皆さんのわかりやすい話し方のおかげで、ほんの少しですが、理解でき勉強になりました。

本当に詳しいことは全然わかりませんが、私は今回の条例案には、賛同出来ないなとおもいました。

子どもたちには、子どもたちそれぞれのペースやできる事できない事があります。みんな能力やレベルがちがい、それぞれが自分のペースで自分なりに模索して日々の勉強や部活動をしています。

この条例では、その子どもたちそれぞれの能力を無視して、全員を同じラインに並べて、無理やりにトライアスロンをさせるようなものだとおもいました。

私は、教育とは、子どもたちがそれぞれ自分のレベルに合わせたものを受けれる環境でなければならないとおもうのです。

そして、それと並行して教師もそうだと思うのです。
教師も人であり、教育を受けてきた一人です。
教師になるまで、自分で自分のあったレベルに合わせて、自分なりのペースで頑張ってきたでしょう。
ということは、教育でも、個人のレベル、能力がちがい、それぞれのペースや能力にあわせて授業してるとおもうのです。

この条例がとおれば、子どもたちは、追い込まれ、保護者は、無意識の内に子どもに圧力をかけてしまうでしょう。
そして、その中で蹴落とされ、恥さらしかのように釣り上げられた子たちの中には、自殺してしまう子もいるでしょう。

教師もおなじく、プレッシャーと圧力に翻弄され、まともな教育がわからなくなるでしょう。
そして、教師すらも自殺者が増えるかもしれません。

この条例すべてが悪いとは思いません。

でも、人の人生。
人の命が関わってくる問題であり、危険が増加されるという意見があるものを、採用してほしくはないですし、そのような大阪になるくらいなら、私は大阪を出て行くつもりです。

子どもの事を本当に考えた教育実現されることを願います。

                           (大阪府立高校2年 A)

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