おすすめ情報

本の紹介

« 番組紹介 | トップページ | 「大阪の教育の明日を考える会」ミーティングをしました。 »

2012年5月16日 (水)

【立ち読み】「早蕨」4月号⑬ 「派手め」対決! 近ブロ、小野田・土肥シンポ報告③

(土肥報告・後編です)

  そのあとのシンポジウムも、とても興味深く参加させていただきました。特に国立教育政策研究所の市川昭午氏の「授業に関する評価は、生徒または保護者の評価を踏まえるものとする」に対する批判についてのグループ討議とグループ発表は、私にとっても関心の高い問題でした。

 授業を見ていない保護者の授業評価は論外ですが、教育の主体である生徒の授業評価は基本的には行うべきだと思っています。東京では校長の恣意的評価、特に低評価は校長の恣意的評価が非常に多いのが実態です。教員の教育実践ではなく、職員会議における発言内容等で低評価をつけるのです。校長の恣意的評価を避けるためにも低評価をつけた場合は、それを証明するものとして生徒の授業評価を提出させるべきだと思いました。

 具体的な例をあげましょう。卒業式で君が代斉唱時に不起立だった教員については、都教委のことを考えれば校長は当然低評価にせざるを得ません。しかしその教員は、授業がとても上手く、生徒の授業評価もかなり高いものでした。この例を大阪の人事評価制度に当てはめると、この教員には低評価はつけられないということになります。その意味で生徒による授業評価が教員を守ってくれるのです。

 私の34年間の教員生活の体験から、校長の恣意的評価よりも生徒の授業評価のほうが、よほど客観的だと思っています。なぜなら校長は教育委員会の様子をうかがいながら評価をしているのが実態だからです。一方生徒は、誰からの圧力も受けず、純粋に授業のことだけを判断基準にしているからです。ただ大阪の場合は、排除したい教員を狙って、生徒や保護者を利用する可能性が非常に大きいことは十分注意する必要があると思っています。

(下略。「早蕨」4月号。購読申し込みは、左記、「メール送信」へ)

« 番組紹介 | トップページ | 「大阪の教育の明日を考える会」ミーティングをしました。 »

早蕨(さわらび)」カテゴリの記事