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2012年10月23日 (火)

【立ち読み】「早蕨」8月号⑰【投稿】この夏、学んだこと、考えたこと。

(前略)

2.「ケア」の捉え方に潜む2つの政治性

 近年、高生研では、「ケア」という言葉が使われるようになってきた。横文字アレルギーの僕は意識的に避けて通ってきたが、この分科会を担当するにはそうもいかないので、「ケア」について考えてみた。

  「ケアが必要な子ども(高校生)」というと、「他の子どもや教師とトラブルが絶えない子ども」とか「他には言えない困難を抱えている子ども」とイメージされるだろう。そこには2つの政治性が潜んでいるように思う。
 
 ひとつは、今ある学校を前提にして、「普通のことを普通にこなせないからケアが必要
」とする捉え方。「普通」とはニュートラルに考えられがちだが、実は学校の望む価値のまなざし(政治性)が、「普通」を構成し、絶え間なくプレッシャーを与えている。

 もうひとつは、子どもの「他には言えない困難」を私的な発達の問題と捉えてしまうこと。たとえば、母子、父子関係など、プライベートで容易に公開できない問題を、「あの子の家の問題」と捉えることで非政治化してしまう。本来、政治的なもの(問題の根源が社会的な要因に開かれるべきもの)を「非政治化」(私化)してしまうという逆説的な「政治性」である。 
 
3.政治実践としてのケア

 これまで私的な行為とされがちだったケアに、政治の光を当て、その積極的な政治的役割に注目したのが高生研の「ケア」の議論である。

(つづく。井沼淳一郎。「早蕨」8月号。購読申し込みは、左記、「メール送信」へ)

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