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2013年3月18日 (月)

【立ち読み】「早蕨」2月号⑥ 特集 市立高校における体罰事件から考える―暴力のない学校をつくるとは―③~かつての体罰問題を乗り越えて~

   今回の桜宮高校生徒の自殺から明るみに出た「体罰事件」は日本中に大きな衝撃を与えた。私も、かつて起きた体罰事件当時の体験が蘇り、「指導」の名の下に未だに体罰が半ば公然と容認されてきていたことに愕然とした。

 自殺に追い込まれた生徒の心の葛藤を思うといたたまれない思いだ。私の経験から何よりも気になるのが当該校の生徒たちのことで、心のケアが必要だと思う。そして体罰を正面から批判して来れなかった教職員もまた大きなダメージを受けているだろう。

 連日のように報道されバッシングが続いているが、体罰問題は外圧や政治的介入による解決ではなく、当該校の教職員が中心となり教育実践の中でこそ乗り越えていくべき問題だと考える。(中略)

   体罰によらない指導のあり方の模索
 
  部活指導も生徒指導も生徒との信頼関係を構築していく(桑田氏のいう「人格をリスペクトしあう」)中で行う。教師は自分の指導に体罰はなくても「脅し」や「侮蔑」  はないか点検しつつ、問題行動があった場合は、なぜそれが問題なのかを生徒自身にも考えさせ、生徒の言い分もしっかり聞く指導を心がけた。   
 
  生徒の受けたダメージや学校への不信は教育実践の中で回復し取り戻す。(中略)
 
 桜宮高校の事件をきっかけに、改めて「体罰によらない指導とは何か」「教育とは何か」が問われてきている。保護者・生徒も含め、幅広い国民的な論議が必要だろう。そして、生徒も教師も不当なことに対し「おかしい」と言える学校、相互批判ができ自由な発言が保障される「民主的な」学校であることが重要だ。しかし、今、これとは逆に学校現場には管理主義と成果主義が持ち込まれ、教師を萎縮させ、益々教育に柔軟性を失なわさせている。これこそが「体罰を生み出す構造」ではなかったのか。私たちは保護者と共に今、こうした教育行政のありかたをも問題にしていかなければならないと思う。

(T。「早蕨」2月号。購読申し込みは、左記、「メール送信」へ)

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