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2013年4月26日 (金)

史上最強の遠足第4弾「ものの始まりは堺と申しまして~歴史コース

「山口家住宅」の 周りを見るとお寺が多い。ひときわ大きいのが「堺別院」の本堂で、明治初め当時の「堺県」の県庁として使われたことがある。
                              
「妙国寺」の蘇り伝説
妙国寺境内には、樹齢1100年という大蘇鉄(ソテツ)がある。戦国時代、その珍しさに織田信長が所望して安土城へ移植した。

しかし毎晩「堺へ帰ろう」と蘇鉄がすすり泣く。激怒した信長が部下に切らせたところ、切り口から鮮血が流れ大蛇が悶絶するように見えたので、恐れをなして妙国寺に届け返した。      かなり弱っていた蘇鉄は、読経を受けたり堺の貨幣などの鉄分を与えられたりして、見事に蘇ったという。名前の由来も含む伝説だ。

  妙国寺は、1562年創建。現在の姿は堺大空襲で焼けたのを、1973年に再建された三代目。二度の大火をくぐり抜けた蘇鉄の生命力たるや…神秘的だ。国の天然記念物にも指定され、厄除けなど吉祥のシンボルとして拝されている。

また、中国の楊貴妃が愛でたとされる玉柳が、ふだんは枯れ果てた姿をしているが、春と秋に新芽が息づくという珍しいのもある。

妙国寺といえば、1868年に起きた「堺事件」の土佐十一烈士切腹の地でもある。        「堺事件」。幕末維新の1868年、堺の町ヘと上陸したフランス兵と堺警護にあたっていた土佐藩の守備隊との間にいさかいが起こった。フランス兵20余名が殺傷されるという事態になり、フランス側からの抗議により、土佐藩の者20名が切腹することになった。フランス公使は切腹の現場に立ち会ったのだが…(20名切腹のはずが「土佐十一烈士切腹の地」とは?)

「南宗寺」の家康秘話
  茶道の大成者である千利休やその師、武野紹鴎が参禅した「南宗寺」。大坂夏の陣で焼けた後、沢庵和尚がこの地に再建を果たす。17世紀中頃に仏殿、甘露門(山門)、唐門など伽藍が整備された。これらは重要文化財に指定され、仏殿の天井一面には、どこから見てもにらんでいるように見える「八方睨龍」が狩野信政の手で描かれている。

実はここに、家康の墓がある。
大坂夏の陣の際、茶臼山の激戦に敗れた家康は駕籠に乗って逃げる途中、槍で突かれて絶命、この南宗寺に祀られたという伝説が残り、それを裏付けるように二代将軍秀忠、三代将軍家光が相次いで当寺を参詣している。
瓦には「葵」の紋もあり、多くの有識者著名人の寄付で家康の墓碑が新たに建てらている。

                            (中村 つづく)

●史上最強の遠足 第4弾! 堺One Day Walk 4月29日(月) 10時 南海堺駅東口駅前広場(プラットプラット側) 集合

 ※ビフォー・ツアー参加者は、8時30分集合 天ぷら 大吉でがっつり朝食!

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