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2013年4月27日 (土)

史上最強の遠足第4弾「ものの始まりは堺と申しまして~歴史コース(文学編)」

晶子詩歌碑                              

与謝野晶子の詩歌碑は堺市内に確か17あったと思う。            
宿院の生家跡はもちろんだが、覚応寺の歌碑と泉陽高校の詩歌はぜひ見ておきたい。
   
「山口家住宅」横の「覚応寺」(九間町東三丁)には、「その子はたちくしにながるるくろかみのおごりの春のうつくしきかな」の碑が中庭に建つ。      
数多ある晶子の碑の中で、最も美しい碑とも言われ、古い静かな小さな庭に晶子の歌碑が浮かび上がるかのように建っている。
      
覚応寺は晶子の命日の5月29日に「白桜忌」が行われることでも知られているが、晶子が鉄幹と出会う前に幼き恋心を燃やしたのが、この覚応寺の青年僧で文学青年でもあった河野鉄南だった。(鉄南は晶子鉄幹の共通の友人で二人を引き合わせたのが鉄南だったという)

               
妙国寺南の府立泉陽高校(車之町東三丁)の中庭には、あの「君死にたまふことなかれ」の碑がある。前身の堺高等女学校が晶子の出身で、「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」の作者の橋田寿賀子や、女優の沢口靖子の母校でもある。         

戦時中にここで女学校時代を送った橋田寿賀子は暗い時代だったと回想しているが、戦前地元堺での晶子評はきわめて低かった。(今でいう不倫略奪婚!?情熱という名の裏返しの非道徳的な歌という一方の評価…から容易に察しはつく)         

そして戦後もそれは続く。昭和40年代に、中庭に詩碑を建てるときも反対する人が多く、「同窓会有志」としてでしか建てられなかったという。                            

晶子の生涯のみると、常人には計りしれない創作力に驚かされる。11人の子供に恵まれ家事育児に忙しい毎日を送りながらも、女性を中心にした即興短歌の会を主宰し作歌活動を続けた。少女時代に憧れた源氏物語への情熱も衰えず、現代語訳を三度も手掛けている。生涯に詠んだ短歌は約三万首。晶子が残した膨大な作品に、創作への情熱と生き様がみてとれる。

                            (中村 つづく)

●史上最強の遠足 第4弾! 堺One Day Walk 4月29日(月) 10時 南海堺駅東口駅前広場(プラットプラット側) 集合

 ※ビフォー・ツアー参加者は、8時30分集合 天ぷら 大吉でがっつり朝食!

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