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2013年4月30日 (火)

授業における「形」と「型」

   4/20に行われた大阪大学での「教育実習事前指導」、今年は「学習指導案づくりと模擬授業」についての時間も設けました。

 以下、それらを参加いただいた、阪大・F先生からの感想です。
 許可得て転載。

<以下>

(前略)個々の学生の授業スキル(テクニック)の中に、その人の教育観、生徒観が表現されているように思えました。この点は、特に興味をもった点です。

そこで思い出したのが、日本の芸道の伝授における「形」と「型」の関係のことです。形とは外形的に現れ外部から観察可能な姿で、型は形の意味、形に命を与える本質のことです。

師匠は型そのものを弟子に伝授することはできません。型は形の反復模倣を通じてしか伝えることができず、いくら言葉を尽くしても型そのものを伝えることはできません。他方、弟子の方は、師匠が示した形を表面的に模倣しただけでは、その形は命を失い、よって師匠から叱られます。

しかし、弟子は、自分が演じて見せた形に対して、どこを師匠が叱り、どこが叱られなかったかの比較、他の弟子達の稽古との比較を通じて、徐々に型の何たるかを理解するようになります。

このことは、指導案や模擬授業にも当てはまるのではないかと思いました。外形的に観察可能な形に相当するのが模擬授業での学生の振るまい、その振る舞いに意味を与えているものが教育観・生徒観ということです。そう考えるとき、たしかに個々の振る舞いの中に、その学生の教育や生徒への思いが表れていたようにも思えます。たとえば、塾・予備校的な授業のあり方、教材の向こう側に生徒や教師もまた共有する人間観(あるいは異質な人間観も含め)を見ようとする態度、等々です。その意味では、表面的な授業スキルの練習にとどまらない事前指導のあり方の可能性も、何となく見えてきたようにも思いました。つまり、一見表面的なスキル(形)の指導をしているように見えても、実はそれに意味 を与える本質(型)の指導も可能なのではないか、ということです。これは近代的な教育方法とは違って、ずいぶんと時間がかかり、非効率的でもありますが、しかし、そういう方法でしか、教育の本質は伝授できないのではないか、とも思いました。もちろん、事前指導の極めて限られた時間の中では、そうした理想を追求することに限界があるのですが。

<以上>

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