おすすめ情報

本の紹介

« 「先生に教えたろ、LINE」授業を参観して(上) | トップページ | 大阪高生研 第2回事務局会議報告です① »

2014年3月15日 (土)

「先生に教えたろ、LINE」授業を参観して(中)

○「既読」をプレッシャーに感じる背景とは
 「ここがウザイここがめんどクサイぞ、LINE」というテーマの班の授業に必ず(3クラスとも)「既読」がめんどくさい、ウザいとされていた。

 5組8班「こんなルールがあればみんなハッピー」でも、あればHAPPYなルールの一つに、「メッセージをみても、既読が表示されない。→既読がつくと、相手はみているのに、返事がこないなど不安になってしまう。」と書いていた。同じテーマで授業をした4組10班も、あればハッピーなルールの一つ目に「既読機能ON/OFF」をあげていた。生徒たちは既読をなくしてほしいと願っている。

 参観させていただいた翌日、大学の授業「教育学B」(教育学部・システム工学部の1回生が多い教養科目)で、「昨日高校生がLINEの授業をしているのを参観したんですけど、『既読』がウザい、めんどくさいって声が多かったです」と話したら、大きくうなずいている学生ばかり。別の機会にLINEについて話しあった4回生いわく「私たちと違って、1回生は高校のときからLINEをしているから私たちと感覚が違う」らしい。高校生に近い感覚を持つ学生にも、「既読」はめんどくさい。

 既読のしんどさに表れる、高校生とコミュニケーションツールについて、ポケベル全盛期の私の高校時代と比較してみる(超主観的な記述です)。相手の返信を今か今かと待つということ自体は、私が高校1・2年生のときに持っていたポケベルでもかなり似ている部分があると思う(もう16年前ですって・・・涙)。ベルにメッセージが入ると、すぐ自分もメッセージを入れたいと思い、落ち着かなかった。高校では、休み時間になると購買部前の緑電話に、テレホンカードを持って行列をなす。友だちが学校外の公衆電話に走って行って、先生に怒られる。家の電話が高校1年生の途中までプッシュホンではなかったため、メッセージを返すために団地内の公衆電話と家(隣の棟の9階)を走って往復。外出先でも、メッセージが入ってきたらすぐ返したいから、メッセージが来ていないときでも公衆電話を探してキョロキョロしていたのは私だけではないだろう。スマホと比較にならないぐらいツールは不便だが、友だちとこまめにやりとりしたい、返さないといけないという心情は似ているように思う。

 大きく異なる点は、自分の送ったメッセージを相手が見たかどうかがわかる点だと思う。ポケベルの場合は、ベル番号が間違っていて相手にメッセージが入っていないとか、自分の名前を入れ忘れていて自分だと認識されていないといったミスが少なくなかったし、会って話したときにやっとその事実を知ることもしばしばだった(それまでにそういったツールがなかったため、わりとみんな大らかだったし、そこからいじめが起こるなんてことは、私の身近にはなかった)。届いていないのか、読んだけれど返してくれないのかがわからなかったのがポケベル。
  それに対してLINEの「既読」は、相手にメッセージが届いたこと、相手が読んだことがわかる。そうなると、なぜ読んだのに返してくれないのかが気になる。それは当然だろう。大人からみたらどうってことないことであろうし、私も今となっては気にしない。しかし、自分が属するグループという閉じられた人間関係のなかで空気を読みながら生きる高校生たちにとっては、すごく気になることなのだと思う。
 
 もう一つ、高校生の人間関係にとって異なる点は、ポケベルは一対一のやりとりであるのに対して、LINEはグループでトークができ、そのなかで「既読無視」や「退会」をして仲間はずれにしたり、「ブロック」して仲間に入れないようにしたりできることである。LINEいじめがこれほど問題になっているのは、集団の負の側面が顕著に表れるアプリだからだと思う。
                                             (平田知美。つづく)

« 「先生に教えたろ、LINE」授業を参観して(上) | トップページ | 大阪高生研 第2回事務局会議報告です① »

点描」カテゴリの記事