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2014年8月31日 (日)

全国大会後「私」の後泊①

 全国大会後の「私」の後泊を「学び直し」という視点から綴ってみます。

関西のメンバー、ある人は東京へ、ある人は宇都宮へと三々五々に別れましたが、札埜はその後「結城」の町へ。

 結城は北関東の「結城紬」で知られた伝統ある町。昔からの見世蔵が至る所に残るとても風情のある町です。以前から訪れたい町でした。私の実家は祖父の代から呉服屋で今も母親が現役で経営しています(流石に呉服は売れなくなって、学生服販売が中心です)。

そんな環境で育ったので、着物はとても身近な存在であり、「紬」は日常語としてありました。祖父や母の口から発せられた「にしじん」「おおしま」「ゆうぜん」「せんば」などと並んで「つむぎ」があったのです。「結城の紬は高いけど、ええ紬や」微かに残る今は亡き祖父の言葉通り、結城の紬はユネスコから世界遺産の認定を受けたほど優れた品であり、非常に高価。高価な分だけ完成に至る過程も気が遠くなるほどです。

つくば学園都市を後にして、つくばエクスプレスで守谷まで。そこから取手と下館を結ぶ関東鉄道に乗り換えます。この関東鉄道がつくばエクスプレスと違って良かった!1両または2両編成で、北関東ローカル漂う電車です。無機質なつくばエクスプレスとは大違い。車窓からは農業立県・茨城を如実に表すどこまでも広がる田園や、車窓から手の届く所に名産の梨の木畑や玉蜀黍畑が。個人的には、つくばの町から見る東側の筑波山より、西側から見る筑波山のほうが美しく見えました。人々にとって日常の風景に溶け込んでいる山、という感がずっとしました。男山と女山も西側から見たほうがはっきりわかるように思います。本当に常陸の国の人々にとって、昔から変わらぬシンボル、拠り所なんだなあと実感しました。大阪にある生駒・金剛のような、徳島にある眉山のような。つくばの町から筑波山を見ても「百人一首」にある「筑波嶺のみねより落つるみなの川・・・」の歌は出て来なかったけど、関東鉄道の車窓から筑波山を眺めると確かに頭の中に陽成院の歌が出てきました。(札埜和男。つづく)

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