おすすめ情報

本の紹介

« 【立ち読み】「早蕨」12月号② 大阪でやる全国大会・過去の大阪大会を振り返る② | トップページ | しんどい学校でも進学校でも・・・「脳天気(ノーテンキ)力」で乗り切ってきました。 »

2015年1月 6日 (火)

【立ち読み】「早蕨」12月号③ 大阪でやる全国大会・過去の大阪大会を振り返る③

全国大会来てや(2005)

2009年に大阪大学で大阪大会が開催された。

その年の3月、4月から大阪府の教師として働くことが決まっていた僕は、大学の先生の勧めで大阪高生研が大阪大学で開催した近畿ブロックゼミナールに一人で参加した。そのときの動機は、「貧困問題に興味がある」、「大阪の高校の先生とつながりをつくりたい」だった。大学の友人の大半は小学校で教師をし、高校で働くのは少数派。現場についてあまりにも情報がなく、4月からの教師生活にとても不安を感じていた僕は、藁をもつかむ思いで近ブロに参加した。そして、それを皮切りにおまかせHR研究会主催の始業式直前講座、5月のぴらいち、6月の読書会に参加するようになっていった。


当時、僕の勤務校は「学校の体をなしていない」と揶揄されるほどしんどい状態で、日々の悩みやしんどさを聞いてもらいたくて高生研に参加していた。本当は休日ぐらい家でゆっくりしていたいはずなのに、ベテランの先生方と話をしていると不思議と元気になり、ため息をついて過ごす日曜日に比べるとずっと有意義な時間を過ごすことができたからだ。また、当時は僕よりも高生研歴が長い同世代も多く、そんな人たちと話しができるのも魅力であった。とはいえ、参加したからといって月曜日の憂鬱な気分は晴れることはなかったが、土曜、日曜日にサークル活動をすることで、前向きにがんばろうという気持ちが少し湧き起こった気がし、何とか1年間乗り切ることができた。


  継続して顔を出していた高生研であったが、私が参加し始めた時期の大阪高生研は大会に向けて実行委員会を頻繁に開いていた。ベテラン陣からは、「全国大会来てや」、「せっかくやから三木さんも書籍係やらへんか」といったお誘いもたくさん受けた。だが、そのときの僕は「高生研とはどんな団体」かもわかっておらず、「全国大会って何するの?」という認識しか持っておらず、結局名前だけの実行委員としてしか大会に関われなかった。


 大会本番では、同じ若手なのに活躍している人がたくさんいた。
(後略。三木啓司。「早蕨」12月号。購読申し込みは、左記、「メール送信」へ)

« 【立ち読み】「早蕨」12月号② 大阪でやる全国大会・過去の大阪大会を振り返る② | トップページ | しんどい学校でも進学校でも・・・「脳天気(ノーテンキ)力」で乗り切ってきました。 »

早蕨(さわらび)」カテゴリの記事