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2015年3月 4日 (水)

今年の「近畿ブロックゼミナール」は、福井で「学力」を考える!③

滋賀高生研の藤本です。滋賀のメンバーの協力も得ながら、2日目の小玉重夫さんの講座を担当します。滋賀では、この間、今講座の核となる小玉さんの『学力幻想』(ちくま新書)の学習を2回にわたり行いながら、2日目の講座の進め方を考えてきました。かなり大雑把ですが『学力幻想』の私なりの要点整理を以下に紹介します。【 】は藤本の考えです。


(1)大要

  戦後、「学力」は、社会的地位の配分をおこない、その結果を社会が正統なものとして受け入れるという政治的機能を担ってきた。そして、学力の持つ「選抜」の機能と「教育」の機能は ごっちゃにされてきた。また、子どもの発達をめざすという子ども中心主義の考え方によって、子どもに学力をつけることがそれ自体で善であるとされ、子どもの発達のために政治は介入しては ならず、政治から自由に教育はなされるべきであると考えられてきた。その結果、政治と教育の関係をとらえそこねてきた。
  以上のように「学力」をつければ人は幸せになれ、それは政治とは無関係に営まれるべきだという二重の学力幻想にとらわれてきた。
  しかし、「格差社会」が広がる中、そのような「学力幻想」はくずれつつある。いま「政治」と「教育」の関係をリアルに問い、市民の視点から「学力問題」をとらえなおす必要があり、「市民化された学力(市民として生きるための学力)」というものを考えなければならない。



(2)「市民化された学力(市民として生きるための学力)」とは何か

  「市民化された学力(市民として生きるための学力)」とは、社会や政治と「実質的」につながった学力である。それは、異質で多様なものが人間として尊重され、共存する「公共的世界」を相続させていくための学力でもある。


(3)市民として生きるための学力は、関係性を含んだ概念である

  ①市民として生きるための学力には、教師と生徒との関係性、生徒同士の関係性、その学校の文化をも含む。
  ②市民として生きるための学力は、学習者自身の埋め込まれている社会的政治的文脈の変容をめざすものである。
  ③市民としての学力は、個人の能力に帰責されない。つまり、個人に内在した能力だけを含むものではない。【学力とは個人に内在したものであるというふうに私たちは思ってきたのではないでしょうか?】


(4)「市民として生きるための学力」は、達成目標や達成基準をともなっており、可視化、数値化が可能なものである。
  ①可視化と数値化の基準は、国家が一律に決めるのではなく教師と市民が決める必要がある。
  ②学校評価や授業アンケートの可能性(この項は私の考え)
   各職場では「学校評価」や「授業アンケート」が行われていると思いますが、たとえば授業アンケートで「視野の広がる授業になっていますか」とか「現実の社会や政治とつながりを深く考えることはできましたか」というように、「市民化された学力」が達成しているかどうかという評価項目を入れることはできそうです。
   また「学校評価」の項目を「市民化された学力」の達成を問うものにすることができるのではないでしょうか。しかし現場では、学校評価の項目をどういうものにするかについて無関心ではないでしょうか。私の学校では保護者向けの学校評価アンケートに「教師は親身になって対応しているか」という項目が入っています。これなどは教師の生徒の関係性を問う項目ではないかと思うのですがどうでしょうか。


 
(5)可視化、数値化して、外部に説明すること(アカウンタビリティー)の重要性

  ①「市民として生きるための学力」の達成を説明すること、自分たちの学校はこのような教育を達成しているという説明を、地域、親、教育委員会にすることが重要
  ②このような説明責任(アカウンタビリティー)は、公教育としての責任を果たすことであり、「旧来型の福祉国家(における教育)」と「新自由主義(教育)」を超える「第3の道」でもある。
  【この説明責任は、「学力競争」に巻き込まれないために、非常に重要ではないかと思います(高校の教師は、進学校も困難校もどっぷりと「学力競争」に巻き込まれている)。学びの共同体を進めている彦根西高校は公開授業という形で生徒がいきいきと学ぶ姿を「可視化」することで、説明責任を果たしていると言えるような気がします。】


(6)何が「市民として生きるための学力」かを絶えず問い直す必要があり、そういう「場」を作る必要がある
  問い直す場=市民的批評空間(公共的空間)の形成 専門家と生徒(市民)をつなぐコーディネーターとしての教師の役割 【P168の図が重要だと思います】
  【「三者協議会」「生徒総会」「授業の中の討論の時間」などがその場として考えられるのではないでしょうか】

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