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2015年3月18日 (水)

近ブロ・福井に行ってきました②

初めて訪れた福井。1日目夜、ホテルにチェックインしたにも関わらず、チェックインしていないことになっていて行方不明扱いされたり、「代わりに男性がチェックインしてるみたいやで。あいつ、男に間違われたんやないか!?」と言われたり、初めてのことがたくさんあった。


そんな甘酸っぱい福井から10日以上経ったので、だんだん記憶があやふやになってきている。記憶が曖昧のため、近ブロ自体の流れの詳細や具体的感想を書くと実際とズレが生じる可能性が無きにしも非ずなので、大きなトピックであった「学力問題」について日々考えていることを「近ブロの感想」として書こうと思う。

 

学力問題について討議したものの、思い返してみると「学力‘問題’」とは何が問題なのだろう?と改めて感じる。生徒間の学力差の問題なのか、低学力が問題なのか。もしくは、「世間でいう学力」と「我々が必要だと思う学力」に相違があることが問題なのか。それとも全てが包含されているものなのか。

意図されている問題が何であれ、普段私(私@定時制高校勤務)が一番目の当たりにしているのは、やはり低学力の問題である。グループ討議した「世間でいう学力」も「必要だと思う学力」も備えていない、備えにくい子供たちに日々出会う。そういった子供の課題を解決しようとするたびに、私なりの「学力」の根底の定義にぶち当たる。「学力」は既に身に付けている知識でもなく、社会性やコミュニケーション能力でもない。「学ぶことの出来る力」である、と。それは本人の能力的側面のみならず、環境面等も大きく影響している。だから私の「学力のある子」というのは、勉強が出来る子ではなく、学びのインフラを与えれば、ある程度まで身に付けられる子供のことなのである。「学ぶことの出来ない」子供を、「学ぶことが出来る」よう工夫し、支援するのが自分の仕事であると感じるし、その支援方法を模索するのが目下の課題である。ただ、それには学校のカリキュラムや台所事情等が絡んでき、全てを万全の体制で取り組めることが出来ないというのが現状である。辛い。

 

みなさん、一度本校に遊びに来てください。きっと、学校や教育に対する価値観が変わります。(R)

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